2011年02月25日

間伐を容易にする《目からウロコ》2つの試み


この著書は、2月25日付の「独善的 週間書評」 279号でも紹介中。

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私は、杉山英男先生の自称門下生。
これは、どこまでも自称であって、あの世で杉山先生は迷惑がっておられることと思う。
私と杉山先生を結びつけたのは枠組壁工法。 通称ツーバィフォー工法。
この枠組壁工法のオープン化に当たって、杉山先生が果たされた功績はあまりにも大きい。

戦後の日本の建築学会員のほとんどは、1954年辺りから木質構造に見切りをつけ、雪崩をうってRC造、鉄骨造へ走った。
その中で、一人孤塁を守り、木質構造の研究に励み、その大切さを訴え続けた杉山先生。
北米のオープンな木質構造を日本へ持ち込みたいと考えた私が、相談出来る専門家は杉山先生以外には見当たらなかった。
私が日本へ持ち込みたかったのは、何もツーバィフォー工法と呼ばれている「プラットフォーム」だけではなかった。
北米では、木質構造のことを、「ウッドフレーム・コンストラクション」 と称していた。
このウッドフレーム・コンストラクションには、5つの主要な構造工法が包含されていた。

●ヘビーティンバー・コンストラクション  (重量木質構造)
●ポスト & ビーム・コンストラクション  (柱・梁工法)
●プラットフォーム・コンストラクション  (剛な床を構成し、通し柱をなくした壁工法)
●バルーンフレーム・コンストラクション  (206材による通し柱工法)
●ログハウス・コンストラクション     (丸太組工法)

私が北米の木質構造に惚れたのは、このウッドフレーム・コンストラクションの全部。
日本では、どこまでも大工の経験と勘だけに頼って柱の太さや梁のセイの大きさを決めていた。
これに対して北米ではそれぞれの構造ごとに、樹種別のスパン表を持っていた。
つまり、ウッドフレーム・コンストラクションは科学され、構造計算に立脚していた。
そして、アメリカのカーペンターは、4年間の夜間学校で、この5つの木質構造を勉強していた。
日本のように軸組しか知らないとか、ツーバィフォーしか知らないというカタワの大工さんを育ててはいなかった。
メートルではなくフィートによるが、全てのカーペンターは 「規矩術」(きくじゅつ) をマスターしていた。

日本では生産性の低い継ぎ手・仕口が絶対視され、大工さんの熟練度に依存するしかない。
その大工さんの技量が急激に低下してきて、問題が深刻化。 
北米ではプラットフォーム・コンストラクションが中心。
ではあったが、ポスト&ビームに対しても多彩な継ぎ手・仕口用の剛な金物が用意されていた。もちろん、阪神大震災以降に開発された日本の金物工法ほどの精密さはなかったが・・・。
そのほかに、集成材やTJIなどのエンジニア・ウッドを多用していた。
したがって素人の私は、これらの全てをオープンな形で日本へ導入したいと考えた。

素人考えは、杉山先生に軽く一蹴された。
「日本の建築基準法の中の《木造》の中で、ヘビーティンバーとかポスト&ビームは、細かい規定で書き込まれている。 その中へ北米の規定を持ち込んでも、誰も相手にしてはくれない。 木質構造の大御所と宮大工などの怒りと不興を買うだけ。 したがってこの際、北米から導入するのは、プラットフォーム・コンストラクションに限定すべきた。 これだったら《告示》という形で日本の基準法体系に追加出来る可能性がある」 と。
哀しいかな、素人考えは通用しなかった。

ただし、プラットフォーム・コンストラクションだけではうまくゆかない。
北米の建築現場では大きな吹き抜け空間を作るために、バルーンフレーム・コンストラクションとポスト&ビーム工法を一部取り入れている。
最低限バルーンフレーミングを導入しないと素晴らしいプランが出来ない。
そこで、住宅金融公庫の最初のピンクの 「共通仕様書」 の原案を作成する時、勾配天井の壁の部分にバルーンフレーミングの約束ごとを、こっそり付け加えておいた。
このため、今日では206による通し柱による吹き抜け空間づくりが可能になっている。
これだけは、いささか自慢してもよい先見性だったと考えている。

それと、もう一つ杉山先生から教わった大教訓がある。
なにしろ、アメリカのウッドフレーム・コンストラクションそのものに惚れた私。
枠組壁工法のオープン化後、「在来工法と枠組壁工法をミックスさせたものを、オープンに開発できないものでしょうか」 と先生に相談に行った。
その時、先生に言われた。
「君の言う在来工法というのは何かね。 建築基準法で言う たかだか55年ぐらいの伝統しかないスジカイによる柱、梁工法のことかね。 スジカイ工法をもって日本の伝統工法というのは間違っている。日本の伝統的な在来工法とは、《大貫工法》を指すのだよ」 と。
たしかに古い神社仏閣にしても、町屋建築、農家建築にしても太い柱と梁と大きな貫によって耐震性を確保している。
この大貫工法の耐震性については、杉山先生の名著「地震と木造住宅」に詳しい。
その太い柱、梁、大貫が入手出来なって、細くなったがために関東大震災で大量の倒壊を招いた。
それを見て、「せめてスジカイを入れるように」 という指導が55年ぐらい前から始まったにすぎない。

そして、そのスジカイのもろさが、中越地震の激震地川口町 (現長岡市川口西) で如実に示された。
詳細は、2004年の11月1週から2005年の1月4週まで、12回に亘って今週の本音・新潟中越地震で特集。その中の12月4週の (8) と1月4週の (12) を参照されたし。
私は、中越地震のデータや写真を持って杉山先生のところへ伺う日を心待ちしていた。川口町で集めた資料は、先生が次に書かれる本では大いに役立つはずのもの。なかでもセイガイ建築と言われる大貫工法の面材の有無による被害の差は、先生の琴線に触れるはずだった・・・。しかし膵臓ガンが回復せず、先生は帰らぬ人となられた。
貴重な資料を活かしてくれる人が、日本にいなくなった・・・。

さて、外壁は輸入材であれ国産材であれ、これからは206のスタッドを中心にしたパネルであるべきだと私は考えています。もちろん吹き抜け部分は206の通し柱方式。面材が不可欠。
パネルをはめ込む構造体として、集成材の6×6の柱や4×12の胴差しや敷桁を入れることが、有力な一手法と考えます。
そして、2×12のIビームやTJIで床や屋根を構成してゆくべきだと考えています。
国産材を使うことは大賛成。
だが、国産材でつくる細い柱や梁、スジカイだけの耐震性の弱い軸組には大反対。
ニュージランドでの地震災害が叫ばれていますが、ますますもってこの考えを固持します。

いずれにしろ、間伐材の伐採事業を進め、荒廃した日本の山を回復しなければなりません。
この間伐材の伐採が、林業労働者の高齢化、林野行政の一貫性のなさで進んでいない。
「なんたることか ! 」 と嘆き節ばかりを並べてきました。
ところがこの著書の中に、間伐材を伐採する画期的な手法が2つ紹介されています。
正に目からウロコの大発見。
部外者のジャーナリストが、良く気付いてくれたと感謝感激アメアラレ。

最初に紹介するのが、三重県大台町旧宮川村の藤原林業の強度間伐。
私が読んだ何冊かの本で、林野庁や林業の専門家が薦めていたのは2〜3割の間伐。
当然その程度の間伐ではすぐ枝がぶつかり、木が大きくなれない。そこで何年後かには更に2〜3割を間伐し、更に何年後かに2〜3の間伐を行わねばならない。
こんな手間暇のかかる間伐をやっていたのでは、業として採算がとれない。
ということで、間伐の作業放棄が続出した。
そこで、藤原康孝社長が選んだのは8割も伐採するという強度伐採。
今までの林業の常識に、真っ向からの挑戦。
一番心配されたのは、8割まで間伐すると残された木に風がモロに当たるので、倒れるのではないかという懸念。
間伐すると木の下の方にも枝が生える。風が吹くと枝が下から上へと巻き上げて幹のダメージを減らす。幹を過ぎた風は反対側の枝によって上へと逃がす。
つまり、枝がF1マシンのフロントウィングやリアウィングのように風を逃がし、幹が受ける抵抗値を減らしてくれている。
そして、樹木自体も風を受けて強くなる。

ともかく、1ヘクタールに100本の木しか残さない。10メートル四方に1本の木しかない。
どの木を残し、20本近いどれとどの木を伐採するか。
プロとしての厳しい目が求められる。
そして、間伐材は全て山から降ろし、倒木を山に残さない。
その簡便な集材方法が、先に紹介したようにオーストリアにありました。
こうした強度伐採で、選ばれて残されたヒョロヒョロの人工木が、間伐後は年間4〜5ミリ程度で急速に成長する。
いままでは、スギ、ヒノキの成長は60年迄で、それ以上は成長されないと言われてきた。
ところが陽が射し、肥沃な土壌があれば100年たっても木は成長する。
二束三文だった細い木が、大きくなると1本で数十万円、数百万円どころか千万円単位にもなる。

そして間伐後、すぐにサンショウ、ドクダミ、ムラサキシキブなどが生えて来て、むき出しだった地面は緑に覆われた。冬は枯れた草が栄養になる。
そして、3年経つとクスノキ、カシ、ウツギ、クワ、カツラなども生えてくる。
カツラは水のあるところに根をはり、森の砂防係となってくれる。そして、カラカラだった地から湧き水も出てくるようになる。
さらに10年経った人工林を見ると、中には3メートルにもなるトチの木があり、ゴウゴウと音を立てて水が湧き出し、ゲンジホタルが飛ぶようになる。
つまり、宮脇昭氏の言う 「鎮守の森」 現象が、人工林を8割も強度伐採することによって、自然に生まれてきている。
わざわざ人手をかけて植林しなくても、スギ、ヒノキの人工林を8割伐採するだけで、日本の山は生まれ変わる。鳥のフンの中の種から広葉樹が育ってゆく。

陽が当たるので、山菜が一杯育つ。
明るくなった森は、町の人々の散策の場、憩いの場としても好評を呼んでいる。
山奥のスギ、ヒノキの8割が強度間伐されれば、数年で熊はわざわざ里へまで降りなくても、山で生きてゆけるようになる。
ところが、この有効な強度間伐には補助金がつかない。
行政が追い付いてない。
それどころか、藤原林業の森を見た林野庁の幹部が、「考えを変えた」 と発表したとたん、閑職に追いやられたという。
本当に情けない話。


次に紹介するのは、静岡県富士宮市のNPO法人 「森の蘇り」 の活動。
このNPO法人は、間伐する林地を地主からタダで借りる。
専門家に間伐する木を選んで印をつけてもらい、間伐する立木の根元の皮にノコギリで切り目を入れる。
そして、竹のヘラを突っ込んで木の皮を浮かせる。
その浮いたところを手でしっかりと握り、引っ張ると皮があっという間にピリピリと剥ける。
子どもでも女性でも剥ける。ほとんど力がいらない。
この皮むきは、一度経験すると病みつきになり、ほとんどがリピーターになるという。

こうして、幹の皮を剥がされた木は、そのまま一年間立木のまま山に放置される。
皮が剥がされた木は、導管から地下の水を吸い上げることが出来ない。一方葉はそのままなので水蒸気を発散する。
このため、一年間で含水率が20%程度にまで落ちる。
よく切り倒した木を半年間、山に放置しておいて天然乾燥させる方法がとられる。
それよりも皮を剥がせば、もっと効率のよい天乾になる。
含水率が20%近くになった木は、生木の1/3の重さ。
伐採する場合も安全。しかも軽いので運搬が楽。
重機や大げさな作業林道がなくても搬出が可能。
そして、搬出した乾燥材はNPO法人のもの。
その木で家を建てたい人に買ってもらう。
あるいは優良なペレット用のバイオマスとして、かなりの高値で売れる。

この皮むき間伐の優れているところは、楽しみながら皮を剥けること。
エコツーリズムとして完全にファンを掴んできている。
そして、立木のまま天乾させるので、乾燥用の重油代が不要に。
しかも急速な人工乾燥とは違って、一年がかりで乾燥させるために割れが入らず、ソリによるいたずらなロス材の発生も防げる。
そして、重量が1/3になるために、作業用の林道を作って山を荒らすこともなければ、余分な資金投下も必要ない。
もし、この皮むき間伐に、8割という強度間伐をミックスさせたら、日本の山林を回復させることは可能かもしれない。
そういった希望が、この本を読んでいて生まれた。

菅内閣は、昨年7月30日の記者会見で、「森林・林業再生プラン」 を発表した。
森の中に作業道の網目を細かに配することで、なんとか森を再生しょうと言う考え。
これはドイツの林業を見ての発想で、大変前向きのような気はする。
だが、所詮は付け焼刃。
とても地域の活性化と雇用増に繋がりそうにない。

紹介したような日本国内の先覚者の発想と果敢なチャレンジの成果をベースに、
林野行政のシステムを根本的に改革しさえすれば、
わずかな補助金を効率的に活用するだけで、
日本の森と地域を活性化出来るのではなかろうか?



posted by uno at 06:47| Comment(0) | 木質構造と林業・加工業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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