2011年05月15日

中国への出店は、新規起業よりも過酷 !!


湯谷昇羊著「巨龍に挑む  中国の流通を変えたイトーヨーカ堂のサムライたち」(ダイヤモンド社 1600円+税)

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中国を生産拠点として、生産された製品を日本や海外のマーケットへ輸出するというビジネスモデルは、比較的早く完成した。
しかし、中国そのもののマーケットを狙うというビジネスモデルの成功例は、日本ではクーラー、衛生陶器、自動車、化粧品など当初は限られていた。

12億人という巨大マーケットを狙って流通業界も黙ってはいなかった。
欧米のカルフールやウォルマートなど倉庫型の安売り店が早くから出店していたし、日本からはヤオハン、西友、ダイエー、イオンなども比較的早くに出店していた。
しかし、過大投資が原因でヤオハンジャパンそのものが97年に倒産。
西友は上海の4店舗を99年に現地企業に譲渡せざるを得なかったし、ダイエーも大連から撤退した。
イオンは96年に上海店をオープンさせたがエリアの再開発が計画通り進まなかったので売り上げが伸びず、2000年に閉店している。

このように、日本を代表するスーパー各社が、雁首を揃えて撤退を余儀なくされてきている。
人口が多くても、一人当たりの可処分所得が低かった中国。
そこで、GMS (ゼネラル・マーチャンダイジング・ストア) というスーパーを展開しょうとした場合、食品、衣料、玩具、家電や家庭雑貨までを含めての低価格帯の総合的な商品開発力が求められる。
これが予想以上に難問題で、当時の日本のマーチャンダンジング力では、全てを揃える能力がなかったということだろう。
それなのに、イトーヨーカ堂は97年に成都に、98年には北京にGMS型の店を出店した。
成都は四川省の首都。
日本人にとってはパンダと3年前の大地震でしか知られていない中国西南部の要所。
小売業というのは、エリア・マーケットでの占拠率が物を言う世界。
したがって、日本のスーパー各社は関東とか関西などを制覇してから、全国展開を図っている。
そうでないと、仕入れや搬送、PRなどの効率が悪く原価が安くならず、人材投資も余分にかかって競争力が整わない。

94年頃に中国政府は、遅れている流通業界を近代化するために欧米系1社、アジア系1社を中国へ優先的に誘致することを計画し、伊藤忠商事の首脳がミッションで訪中した折、「アジア系で優秀な1社を紹介して欲しい」 と依頼した。
そして、ヨーカ堂の鈴木氏に話を持ち込まれた。
鈴木社長は1週間考え、社内の強い反対論を押し切ってゴーサインを出した。
この時の出店予定は北京。
鈴木氏は中国の李副首相と会談したところ、「遅れた流通業を近代化したい」 と言う強い意気込みを感じた。そして、セブン・イレブンでの出店要請だったが、当時は物流網などのインフラが未整備のために
「進出するならヨーカ堂しかないですよ」 と言ったら、それで良いと李副首相が同意し、アジア系としてはヨーカ堂が、欧米系ではホールセールクラブを運営するマクロ社が選ばれた。

ヨーカ堂では中国進出の責任者として当時54歳の塙常務を選んだ。これは、ベストの選択。
指定された塙氏は、500人ほど集まった店長会議で 「私と一緒に中国で苦労をしたい人は立候補して欲しい。ただし条件がある。 (1) 行動しないで頭で考える利口な人はいらない。 (2) 手足まといになるバカもいらない。 (3) 私が求めているのはひたむきで、バカの一つ覚えで精一杯努力する大バカ者だけ」 と演説したら、何と57人もの志願者が名乗りをあげた。その中から住居、衣料、食品からそれぞれ3人ずつ、計9人を選んで徹底的なマーケットリサーチを開始した。
ところが、中国政府の会社設立の認可がなかなか下りない。
その時、成都から「是非出店して欲しい」という要請も入り、本部で市場調査をしたら有望マーケットだということになり、北京の前に成都で経験を積めば役に立つだろうと、いとも簡単に2都市に現地法人を作ることを決定した。

これは、ルールを無視したとんでもない決定。
なぜなら、北京と成都は距離にして札幌と福岡ほど離れている。
成都ではなく天津を選んだのなら、東京とつくば程度しか離れていない。
開拓する取引先や加工場、配送システムと情報を共有することが出来る。
しかし、札幌と福岡で同時に店を出すというのは、チェーン展開を考える者にとっては最大の愚挙。
海外の流通業が日本へ進出するに当たり、東京と那覇を同時にオープンするなどという戦略は絶対に採用しない。つまり、検討に値もしない戦略。
この世紀的な愚策であり失策を、鈴木氏が中心になって決定した。
本来であれば、鈴木氏のそれまでの栄光を一気に貶めるほどのひどい決定。
その愚策を押しつけられた塙氏と9人のサムライにとっては、この上ない大迷惑。
このため、とんでもない苦境に見舞われることになる。

四川省の人口は1.1億人と日本と変わらぬ。成都の人口は1000万人と東京都より若干少ない程度。
気温は年中温暖で、平均気温は16℃。日本同様に四季がはっきりしていて、街は銀杏などの緑も多いが濃霧の日も多い。 濃霧の日は飛行機が飛ばない。
大型の重工業の工場が多く、鉱物資源も豊富。
しかし、空港ターミナルビルは小さく、トイレは汚くドアは壊れている。いかにも田舎。
当時、北京には日本人が1万人いたが、成都には28人しかいなかった。したがって日本食堂は高級ホテルに1軒あるのみ。あとは麻婆豆腐や坦々麺でお馴染みの劇辛の四川料理の世界。
全員が下痢で悩まされた。
96年12月に成都ヨーカ堂が設立され、会長に塙氏、社長に麦倉氏、副社長に城木。以下10人が北京から横滑りで任命され、翌97年の3月に成都に10人が単身赴任をした。
日本人が28人では、日本人学校がなかったから。

10人が赴任して驚いた。
当時の成都には人民商場(売場面積2.4万u、年商2億元) や太平洋百貨店(売場2万u、年商2億元) をはじめ、売場1万u前後の小売業が乱立していた。
その成都の下町に当たるところにヨーカ堂の予定地があった。売場面積は9000uと小さいくせに年商5億元(80億円) という計画が出来ていた。売場面積が半分以下なのに売上目標が2.5倍。
誰が考えてもムリな数字。
しかも家賃は他の既存店に比べると50%高と常軌を逸していた。 そんな厳しい条件がいきなり与えられた。 小売業の売上げに占める家賃は8%が上限。 
地元の不動産屋に高い家賃を掴まされたヨーカ堂の本社は、家賃に見合う売上高を機械的に5億元と決めたらしい。 市場調査のイロハのミス。
その大きなミスが誰からも指摘されることなく、そのまま事業計画として独り歩きしたところにヨーカ堂の中国進出計画の致命的なミスが内在していた。

10人がまず行ったことは、捨てられているゴミ袋を漁って、どのメーカーの何が売れているか、そして袋から各店の商圏と占有率などを調べる。売場では隠しカメラでタグを写真に撮り、手帳にメモする。
露天売場へも行ってみたら豚が吊るされ、鶏はそのまま売られている。豚肉には注射器で水が注入され文字通りの水増し。衛生面でひどい有様。
一方で、店員教育も始まった。800人の要員に余分を見て1000人を採用した。
そして、「いらっしゃいませ」(ホワイリンクワイリン) を唱和させようとしたが、誰からも声が出ない。
長く配給制度が続いた中国では売る方が威張っている。「嫌なら、帰ってくれ」 と釣銭は投げてよこすし、店員同士のおしゃべりは当たり前。
1週間たっても2週間たっても声が出てこない。1000人を6チームにわけ、さらに1チームを10班に分けて、挨拶の重要さを噛んで含めるように話したが、身に付かない。
「いらっしゃいませ」 を言いたくないだけで100人が辞めていった。

それよりもひどかったのは仕入れ。
事前にアポを取っての訪問なのに会ってくれない。
ヨーカ堂は日本では名が知られていても、成都では全くの無名。
「10万元補償金を積んだら5万元の範囲内で売ってやる」 とか 「現金とトラックを持ってきたらその範囲内で売ってやる」 というのが共通した態度。
コカ・コーラやペプシコーラですら、日本での実績をいくら強調しても相手にしてくれない。
成都の強い要請で、オープンは07年の11月と決まった。
9月にホテルの大会場を借りて400社に案内状を出して取引先説明会を開いた。最低300社は集まると踏んでいたが、伊藤忠への義理で集まったものも含めてたった120社にすぎなかった。
この取引先説明会を北京で行った時の反応はもっと悪かった。
500社に案内状を出し、それに見合う会場を用意した。しかし、集まったのは100社に過ぎなかった。
ヨーカ堂本社の甘い期待はことごとく裏切られていった。  

といっても、バイヤーはオープンを前にめげているわけにはゆかない。
競合会社の食品リストが手に入ったので、「これと同じものを揃えてくれ」 といっても、自由市場で売っているものであり、納入してくれる業者が皆無。
たまたま揚子江河口にマルハの拠点があったので、カツオ、太刀魚、イカ、イシモチ、エビの冷凍魚をトラックで運送するテストを行った。
今だと1500キロを2〜3日で運べるが、当時は道路が整備されておらず冷凍車もない。冷凍魚の周りを氷で囲み、布団で包んでの陸送。実験の結果6日から10日もかかることが分かった。
そして、省を越えるごとに関所で通行税をとられ、山道ではわざと丸太を転がしておいて謝礼を要求されるなど、問題点が山ほどあることが分かった。

中でも一番問題になったのは従業員の給料計算や取引先への支払いシステムが開店10日前になっても確立されていなかったこと。
それよりも、決定的に遅れていた作業がPOSシステムづくり。
ヨーカ堂の近代的な経営は、このPOSに代表される 「単品管理」 にある。
中国の李副総理がヨーカ堂に期待したのは、外でもないこの単品管理技術の導入にあったといっても過言ではあるまい。
POSシステムの準備は、担当したNECや野村総研の手で1年半前から開始されており、日本のシステムはそのまま中国でも使えると誰もが考えていた。
ところが、開店1ヶ月前にシステム担当者が成都へ来てみたら、全く使える状態ではなかった。
中国の流通制度、税制、商習慣が全く違う。そのことを知った上で修正すべきなのに、それが全くなされていない。
仕入れ伝票のフォーマットさえ出来ていなかった。

最大の問題は、単品管理のベースとなるPOSシステムが目茶目茶。
取引先がバーコードの意味を全く理解していない。
もともと商品管理などしたことがないから、バーコードは彼らにとって全く意味がない。
だから、同じ価格だと色柄は違っても同じバーコードだったり、同じ商品でも工場によってバーコードが違ったり、異なる商品に同じバーコードを使っているものも、最初からバーコードのない商品もあった。
バーコードがしっかりしていると、商品部は仕入れた数のインストアコードを申請する。するとタグが必要なだけ出て来てそれを商品に取り付けるだけで良い。
そして売れ筋商品がその場で分かり、支払いもバーコードに基づいてきちんとなされる。
ところが、その肝心のバーコードがメチャメチャ。

それだけではない。商品マスターの登録すらうまく出来なかった。
衣料の洋服の値段をスキャンすると住居のイスの表示が出てしまう。靴下のタグをスキャンするとマフラーと表示される。
システムの応援には最大で30人も投入され、商品部は徹夜作業で必死に頑張る。
だが、中国人にはPOSの本当の意義が理解されていない。
システム担当者と現場との一触即発の危険な状態が続いた。
システム担当者は、社長と副社長に、「このままではレジでトラブルが発生します。11月21日の開店を強行すれば大混乱になります。開店を延期してください」 と直訴した。

その開店延期を諮る会議で、塙会長は目をむいて叫んだ。
「何を言っているんだ !!  パンダの生息地成都には竹カゴはいくらでも売っている。その竹カゴを買ってこい。売場にカゴを吊るして、溜め銭(ためせん) で商売すればいい。計算は電卓を使え。領収書は手で書け。商売の原点を考えろ。《いい商品を提供し、感謝されて代金を受け取る》ことが原点。 POSはあくまでもそのための手段であって、POSのために商売をやるのではない !! 」。
この言葉で憑き物がとれ、ヨーカ堂成都店はなんとかオープンに漕ぎ付けた。
そして、POSが完全に軌道に乗ったのは、オープンから2年後のことだった。

成都店で売れたのは最初の3日だけ。
初年度の売り上げ実績は、目標値の48%の2.4億元。
そして、98年、99年と赤字を重ね、一時は資金ショート寸前になり、累積赤字は18億円にまでなった。
成都店が単年度黒字化を果たしたのが2000年。北京店はもっと悪く、単年度黒字化には丸4年間かかっている。
産業資本は、本来は息が長い。
単年度黒字化には最低3年以上かかるのが常識。その常識をベースに投資をする。
これに対して商業資本は短気。3年間も待つことが出来ない。
ツーバィフォーで、多くの業界からのエントリーを目撃してきた。
唯一、商業資本で3年後の単年度黒字化まで我慢出来たのは三井不動産だけだったと言ってよい。
そして、最近の産業資本はアメリカ流の即効果を求めるコストカット方式に振り回され、この息の長さを見失って来ている。それが、日本の産業界の衰退に結びついてきていることを強調したい。


09年3月末現在の中国ヨーカ堂の現状は次のようになっている。
北京ヨーカ堂は9店で、うち5店の店長が中国人。(うち3人が女性)。 パートを除く社員総数は約2800人。このうち日本人はたったの11人。09年の売上は28億元(392億円) で、年間レジ通過客数は約3000万人。
一方成都ヨーカ堂は4店舗で、店長は全部中国人。(うち女性が2人)。 社員総数は約3100人で、日本人はこれまた11人。09年の売上は35億元(490億円) で、年間レジ通過客は約2700万人。

最近、百貨店やコンビニの中国進出が続いているが、内地での起業以上に過酷な条件下で渾身の努力を続けたヨーカ堂のサムライ達の決死の行動があったから、日本的な商習慣が浸透し、可能になったと言っても良かろう。
私の個人的な考えが混入しすぎた書評になったことをお断りします。
それにしても、最近読んだ産業界関係本の中では、特別に面白い著書であることを保証します。



posted by uno at 12:47| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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