2011年11月30日

中国をめぐる7つの疑問。 中国で最も有名な日本人 (下) 


◆中国に自由はあるのか ?
中国を訪れたことのない人の中には、言論統制が厳しく政府批判をしょうものなら即時投獄されるとの印象を持っている人もいる。 しかし、何度か中国を訪れている人の話を聞くと、そんな弾圧とか統制はないらしい。 
筆者は、タクシーの運転手が国際新聞をむさぼるように読んで、かなりきわどい政治的話題をガンガン投げかけられた経験を何度か持っている。
学生も労働者も、夕方になると屋台に集まりビールを片手に熱い政治談議に花を咲かせる。
誰もが日常的に政治を語り、しかも辛辣。 個々の政策を批判することはタブーでもなんでもない。

しからば中国にはタブーがないのか ?
最大のタブーは天安門事件。 その次は共産党による支配 (民主化、人権問題、宗教、民族問題、選挙) に疑問を投げかけること。 
これにさえ触れなければ、あとの政策批判などは原則的に自由。 表現方法にもよるが、少なくとも 「語ることさえ許されない」 という状況ではない。
著者は、中国の複数の国際メディアに チベット問題、民族政策、人権改善、政治体制改革ロードマップに言及したコラムを 何本も書いたが、一切おとがめなし。 これは著者が体制派だと容認されているからではなさそう。
先に挙げたタブーに触れなければ、どんな突飛な意見も表明出来るし、面白いアイデァはどんどん採用され、能力のある人間は登用されてゆく。 そうした「半径5メートルの自由」 が、社会の活気を生み出している。

◆共産党の一党独裁は絶対なのか ?
一党独裁というと、全体主義をイメージする人が多い。 毛沢東のようなカリスマがいた時代はともかく、これからの中国共産党が極端な全体主義に暴走する可能性は ほぼない。
中国共産党の党員は7800万人もいる。 ドイツの人口に匹敵するほどの党員数。 当然右から左までさまざまな意見があり、派閥がある。 しからば、派閥のボスが大きな権力を握っているかというとそれほどでもない。 政策を決めるのは党内世論ではなく、やはり国内世論。
毎年春に開かれる全国人民会議。 党の政策に対して5億人のネットユーザーは その一挙手一投足に注目してガンガン議論し、批判して行く。ロジックや根拠の欠如などを指摘しまくる。
こうした声は無視できず、国内世論を味方につけない限り党を掌握出来ない。

そして、中国の政治は、「成果主義」 が徹底している。Aという政策が失敗すれば、すぐBに変える。任期中に所定の成果が上がらないと、容赦なく地位を追われる。
日本のような民主的な選挙で選ばれた政治家であれば、自らの失政を「有権者の声」 の結果と言い訳が出来るが、中国では全て政治家の責任になってしまう。
このように、党内に「国内世論」 を後ろ盾とする派閥による権力闘争と、成果主義が根付いていることによって、中国共産党の暴走は、とりあえず食い止められている。

そして、四川大地震から学ぶべき点がある。復興・再生に際して中国政府がとった合理的手法。
四川省のなかでも被害の大きかった地域を A,B,C,D,Eの5つに分け、Aの復興は北京市、Bは上海市、Cは重慶市というように 復興事業の主体を主な地方都市に渡し、競争させた。 日本で言うならば石巻は東京、気仙沼は大阪、釜石は名古屋という具合に・・・。
こうした地方都市に責任を譲渡した結果、特色ある復興・再生が スピード感をもって達成されつつある。

◆人々は民主化を求めているのか ?
中国の政治形態が、未来永劫にこのままで良いと思っている者は、共産党員を含めて皆無。
しかし、今年 中東諸国で勃発した民主化の動きを、そのまま中国へ持ち込もうと言う考えはない。
中国の人々は、「自分の幸せ」 を第一義に考える。 一党独裁とか民主化はあくまでも手段。
今の共産党政権は、貧富の格差や就職難という問題化あるとは言え、国民は確実に豊かになってゆく傾向にある。市場は活力に満ちており、以前と比べるとずっと豊かになっている。個人の実利を重んじる民衆にとって、冒険を犯してまで民主化を叫ばねばならない理由がない。
もちろん、天安門事件で、いざという時は銃口が向けられることを学習した。
自分のキャリアを棒に振ってまで という学生は少ない。 実利主義者たちは、民主化によって得られるものよりも、失うものの方が大きいと感じている。

しかし、インターネットの普及により、上からのトップダウンと下からのボトムアップとのつばぜり合いが、これからますます激しくなる。 
バブルがはじけ 経済成長が行き詰まり、当局が統治能力を失った時は、人々は民主化を求めるかもしれない。

◆ジャーナリズムは存在するのか ?
中国のメディアは3つから成っている。
@官製メディア  A地方・市場化メディア  Bインターネットメディア
@の官製メディアとしては国営の新華社、共産党機関紙の人民日報、国営テレビのCCTV、国営ラジオがある。
これらは党と政府の「ノドと舌」の役割を果たしているが、かつてのような全ての報道が共産党礼賛というわけではない。地方行政の失態や官僚汚職の批判といった報道も多く見受けられる。

Aの地方・市場化メディア。 これは地方紙や地方テレビ。
かつては財政的に党政府に依存していたが、今では広告収入などに依拠し、正真正銘の企業として運営されているメディア。 独自報道が当たり前で、日本の社会部に属する事件については、かなり突っ込んだ調査報道がなされている。 形式的には党政府の傘下にあるが、市場原理によって独自性を出さねば生き残れなくなっており、独自の調査報道が見られる半面、ゴシップ記事の多いのが特徴。

Bのインターネットメディア に対する日本人の感覚と中国のそれとは雲泥の差。
日本では新聞とかテレビがまだまだ本道。 インターネットはどこまでも傍流と考えられている。 そして、新華社や人民日報を読んで中国の動きを判断しょうとする傾向が日本にある。
これはとんでもないこと。 
今、中国の世論や政府を動かしているのはインターネット。 何しろインターネット人口は5億人にも及んでいる。
5億人という数字は、アメリカと日本の全人口を併せたよりも大きい。 この5億人が世界中から思い思いの情報を入手し、活発な議論を交わしている。 まさにこれこそが中国を支配しているメディア。
貧乏学生はテレビを持っていないが、全員ノートパソコンを持っている。 そのパソコンで日本のトレンディドラマやアニメも見ることが出来る。 
そして、街のカフェやレストランには、座席の近くにコンセントがあり、誰でも無料で無線LANに接続が出来る。 単に若者やオタクだけではなく、物売りのおばちゃんや農村から出稼ぎのおじちゃんまで、あらゆる情報にアクセスしょうと目を輝かせている。

このネットの狂信的なネット普及と情報の氾濫に対して、中国当局は「グレート・ファイアーウオール」という独自の検閲システムを立ち上げ、5万人の監視員で、「天安門」「チベット」「ダライ・ラマ」「法輪功」などをチェックし、消している。
しかし、なにしろ5億人に対して5万人。 1人が1万件をチェックし続けなければならない勘定。
著名な学者や有名人の書き込みは、脅せば納まる。 しかし、大多数の無名の書き込みは、抑えようがない。 その書き込みが世論を形成する。
中国におけるインターネットの普及と情報量のすさまじさ。 ほとんどのカフェやレストランでのアクセスの容易さなどは、日本人の想像を絶するものがある。

◆本当に覇権主義国家なのか ?
著者は一貫して尖閣諸島は日本の固有の領土だと主張している。
日本の政治家は、隣に中国と言う 「得体のしれない巨人」 が台頭してきているいまこそ、党利党略を超えて国益を考え、対策を実行に移すべきだと強調している。

そして中国の指導者が、欧米や日本、東南アジア諸国を敵に回してまでも、声高に「国家主権と領土保全」「核心的利益」 を唱えている本当の目的を知らねばならない。
中国の指導者がもっとも怖れているのは国内の分裂。 インターネットの普及により、情報の完全統制は事実上不可能になった。 民衆はかつてないほど団結しやすくなっている。
中国の指導者は、対外的に攻撃的になっているのではない。 国の分裂の危機意識が守備的にならざるを得ない。 強烈な防衛意識から、「核心的利益」 を唱えるのだ。
そうしないと、国の統一が保てなくなってきている。 
尖閣諸島問題については、この守備的な要因増大を見抜く必要がある。

◆途上国なのか超大国なのか ?
ついに中国はGDPで日本を凌駕し、世界2位となった。 さぞかし尊大な中国だから、今ごろは天狗になっていると考えがちだが、中国はNo.2という呼び名と概念をことのほか嫌っている。
「日本は、国は大きくないが医療や社会インフラが大きい。 わが国は国土が広く人口が多いだけ。世界はアメリカ一強だ」 と冷静に分析し、国民に自制を呼びかけている。
どうして超大国だと豪語しないのか ?
答えは簡単。 つまらない自尊心で責任を負うより、途上国であった方が有利だから。
今度のCOP17で、世界一CO2の排出量の多い中国が各国から前回より厳しく糾弾されるだろう。 それでも、中国はダブルスタンダードを守り続けようとするだろう。
体内的には「われわれは立派な大国になった」 と政府を賛美し、対外的には 「われわれはまだ途上国だ」 と訴えて責任逃れをする姿勢。 これがダブルスタンダード。

中国は大きな潮目を迎えている。
ダブルスタンダードを捨て、戦略的途上国であることを卒業して、責任ある大国へ変化してゆかざるを得ない。 筆者は2011年のCOP17あたりが、その転機であるべきだと考えているようだ・・・。

◆反日感情はどの程度なのか ?
日本人には、「第二次世界大戦でアメリカに負けた」 という意識しかない。
日本が無条件降伏を受け入れたポツダム宣言は、アメリカ、イギリス、中国の3ヶ国名で発せられている。中国は戦勝国なのだ。
日本の軍国主義との戦いに勝利し、中国人民を解放し、新生中国を建国したのが共産党だという「建国神話」。 したがって、中国が親日を指向することは、党の建国神話に疑問符を投げかけることになってしまう。
中国にとって日本は大事な貿易相手国。 2万社以上の企業が進出し、1000万人以上の雇用を提供してくれている。 いまさら日本ともめごとを起こしても何一つ得にならないとことを、心ある中国政府の要人の多くは知っている。

しかし、徹底した反日教育の結果、若者は 「愛国は正義」であり、「反日も正義」 と教えられてきた。
反米や反仏運動は、反政府運動にはならない。 ところが、反日運動を抑えようとすると、それが反政府運動になってしまう。
反日運動をしている若者は、本心から日本が憎くて嫌いなのではない。 反日デモをしながら日本のビデオやカメラで映像を摂り、アニメや村上春樹を楽しんでいる。
それなのに 反日デモへ若者を駆り立てるものは何か ?
それは、「反・自分」。
貧富の格差の拡大。 大卒者でさえ路頭に迷う深刻な就職難。 しかも、結婚難という大問題を男性は抱えている。
急速に発展する国の中で、カネやコネのない若者は猛烈な焦燥感に駆りたてられている。 その不満を爆発させてくれる場が 反日デモ。
したがって、中国政府にとっても 反日デモは大変厄介な存在。 
かつての軍国主義が、こんな形で日本企業の負担になってのしかかっている。



posted by uno at 04:56| Comment(2) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
住宅の話であればなるほど!
と思える話を聞かせていただけるのですが、この中国の話はツッコミどころが沢山あって何だかなぁ...というのが正直な感想です。
Posted by _ at 2011年12月03日 10:10
自分の頭が若いと思ってる爺さんの妄想にしてはマトモな方だと褒めてあげるべきでは?
Posted by at 2012年10月01日 14:42
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