2011年12月05日

日本人の中国嫌いと在日チャイニーズの実態


今年の8月初旬にAP通信と米調査会社が日本人成人1000人に対して「日本人の好きな国、嫌いな国」 の意識調査を行った。
その結果、好きな国のトップはアメリカの49%、2位がドイツの48%で、なんと3位に韓国31%が入ったのが注目された。 これはテレビなどの韓流ブームによる中年女性の意識を反映したものだろう。だが反面、嫌いな国として韓国を挙げた人も27%に達している。
一方、日本人が嫌いな国として挙げたトップが中国。 なんと70%以上が「中国は嫌い」 と意思表示をしている。 
昨年の内閣府の調査では、「中国に親しみを感じない」 とする回答が78%にも達しており、「日中関係が良好」 と回答したのはたった8%に過ぎなかった。

最近は騒がれなくなったが、一頃は中国黒社会によるピッキング事件が多発し、工事現場の大工道具盗難事件までが連発した。(今週の本音・2001年11月1週の「ピッキングは中国黒社会のテロ」参照)
このほか、中国人留学生による福岡の一家4人殺害を始めとした数々の犯罪事件、毒入り餃子事件、反日デモ騒動、尖閣諸島事件など、おとなしい日本人の神経を逆撫でする事件が後を絶たないのだから当然と言えばあまりにも当然な反応。
一方で、日本に長期滞在・定住する中国人 (含む台湾人) は急増して、2010年度には在日韓国・朝鮮人を12万人以上も上回って約70万人に達し、在日外国人のトップに躍り出た。
この70万人の人々の生活や考えについて、詳しく調査した著書に今まで巡り会えなかった。
下記の 野村進著「島国チャイニーズ」(講談社 1600円+税) は、その題名から何を言わんとしているかがわからず、うっかり見逃すところだった。
内容は 「島国日本に駐在している中国人の実態と意識」  
今まで知らなかった記述が多く、いろいろと考えさせられた。 したがって、先週までの 「中国本土の中国人の意識と実態」 に続いて、 「在日中国人の実態と意識」 の中のほんの一部を紹介したい。
住宅には直接関係がないが、いま一週お付き合いを頂きたい。

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◆留学生は“反日”か ?
ノンフィクションライターの筆者は、2004年から八王子にある拓大国際学部教授として、総計500人の中国人として接している。その学生たちとの接触の中で、いろんな発見があった。
まず問題になるのは生活費の差。
最近日本への留学生が多くなっている中国東北部と日本の生活費のギャップ。
日本での生活費が、中国に比べると6〜7倍も高い。
留学費を捻出するため多額の借金を抱えている学生も多い。このため、ほとんどの留学生が来日早々にバイトに励まなければならない。
著者によると、日本へ留学しょうという学生は、最初はほとんどが親日派ないしは知日派。
しかし、バイトで時間と精力がとられ、平均すれば最初の年の1年間の日本語学校か留学生別科による日本語学習と4年間の浅い大学生活では、日本語は上達しない。
日本語が上達しないので、中国人だけで固まり、日本人との間に親友関係が育たない。日本の社会への理解が深まらない。

それに、中国で1人っ子政策が実施されたのが1979年。
現在日本へ留学している学生は残らず1人っ子。当然のことながら兄妹で揉まれたこともなく、掃除も洗濯も料理もしたことがない。
両親と父方・母方の祖父母から甘やかされ、ファミコンやプレステで育ち、社会的な人付き合いなどの訓練も受けていない。
それが、バイトに明け暮れる生活に追いやられるのだが、誰も助けてくれないし、相談も出来ない。
中国には仲間を助けようと言う考えは希薄。
そして、「中国留学生」として ひとくくりに考えることがそもそも間違い。
著者は、留学生別科の1年目の日光・東照宮1泊2日の旅行の夜に、そのことに気付かされた。
大広間の宴会の後、彼らはそれぞれの部屋で二次会を楽しんでいる。著者は各部屋を訪ねてまわった。
そしたら、多数を占めている漢民族は漢民族だけ、朝鮮族は朝鮮族だけ、モンゴル族はモンゴル族だけで固まって飲んでいる。
まさしく中国は多民族国家で、その民族間の交流が少ない。たとえば朝鮮族の女子学生がバイト先で漢民族の男子と知り合い、結婚したいと報告したら両親は「日本人と結婚をするのなら良いが、漢民族との結婚は絶対にダメだ」と猛反対。 漢民族の激しい差別化に懲りているから。
そんなこともあって、中国留学生相互の交流も限られてくる。

一方、日本の文部科学省は2020年までに「留学生30万人計画」なるものを無責任に打ち上げている。
定員割れの私大や短大はセーフティネットとして中国人留学生を獲得しょうと走る。
そして仲間となるはずの日本の学生は、引きこもりに代表される内向きの若者。
そしてマスメディアは、十分な取材もせずに「就労目当ての中国人留学生」とか「不法残留」という手垢のついた用語で、やたらに中国人不信感を煽る。
このため、当初親日派、知日派であった留学生が、留学したことで反日派に転向してしまう。

そうした中で、千葉・東金市の城西国際大では、田舎町までよく来てくれたと言うことで地域住民を中心にした草の根交流活動が始まっている。
たとえば主婦の遠藤さんは、バイトで深夜11時18分の電車で帰ってくる2人の女子学生を毎日車で出迎えて寮へ送っている。自宅での食事に招いたり、正月には晴れ着を着せて写真を撮り、故郷へ送らせたりしている。「自分に女の子が突然出来て、立派になったなぁという感じ。癒されているのは私の方」と話している。
また、戸村というおじさんは唐という娘をかわいがり、卒業式には大きな花束を贈った。そしたら、その娘は「日本人は一旦人を信用すると、とことん信用してくれる。だから、日本人のお父さんに恩返しが出来るように一生懸命頑張ります」と、日本で学んだ信用の大きさと大切さを語る。
城西国際大の卒業式イベントには、希望者の両親を中国から招いている。
「一番嬉しかったのは、卒業式に両親を呼べて親孝行が出来たこと」と、1人っ子が胸襟を開き、親日派になった例もある。

◆東北の中国人妻たち
山形県では、正確な資料が発表されていないが、県下の外国人出身の妻の数が2000人を越えたのではないかと言われている。
1980年頃にフィリッピンから花嫁を迎えたのを発端にして、以来韓国、中国と続き 現在では半数以上が中国人ではないかと言う。
この中国人花嫁の実態についてのまとまった報告書が見当たらない。
言葉も分からない、習慣も、食事も違う国へきた中国人花嫁の苦労は並大抵ではない。

たとえば、外国企業へ入社した場合を考えてみよう。制度やしきたりが違うので戸惑ってしまう。
しかし、何人かの仲間が一緒に採用されているので新しい会社、社会への順応は徐々に出来る。
ところがいきなり一人で、全く違う社会に放り出されるだけではない。
言葉も通じない、理解力のない姑がいる家庭という狭い空間に放り出される。
2人だけのスィートホームではないのだ。
日本語が出来ないので運転免許も取れない。
スーパーへ行くのも徒歩か自転車。
当然行動半径も限られ、同胞の仲間と話してウサを晴らすチャンスも限られる。
唯一の頼りは夫。 だが、花嫁をカネで買わなければならなかったほどで、主体性や自己主張が少ないマザコンが圧倒的。
おとなしくて優しいのが唯一の取り柄という男。その優しさに力強さが加われば良いのだが、それは期待する方がムリ。
そして、中には性的変態者もいる。それがもたらす事件も多い。

中国人花嫁の斡旋は、ほとんどが民間の仲介業者に依存している。
日本の家庭が払う花嫁代は200〜400万円だという。
そして、全てが初婚とは限らない。中には子連れもいる。しかし、仲介業者は花嫁側の都合の悪い話や、同居を大前提にしている受け入れ側の都合の悪い話も決してしない。
中には中国人の嫁には一切の財産権を放棄させるという誓約書を書かせた例もあるという。
そして、悪質な仲介業者は、中国人女性を3、4人連れて来て、独身男性の居る家を回り、「気にいったのが居たら置いてゆく」 と声をかけているという。
このブローカーは通訳を兼ねていて、これまた都合の悪い情報は伝えない。
それどころか、トラブルが発生すれば、「じゃ、別の嫁を紹介するから」 とダブルで稼ぐ。

この著は、このような実態を中国人の声を中心にリポートしている。
私どもの知らなかった世界がそこにある。
もちろん、暗い話だけではない。美しい成功例も紹介されているが、それはほんの一部。
こういった実態を、なぜ日本の政府、行政、メディアは放っておくのだろうか。
改善できる手段は、いろいろ考えられるのに・・・。

◆女たちの池袋チャイナタウン
池袋駅の北口から西口にかけての一角が、いつの間にかチャイナタウンの様相を呈し始めたのは1990年代に入ってから。
そのシンボルと言うべきビルが 北口に2つ向かい合って建っている。
1つは駅に近いビルで、「中国食品友誼商店」と「中文書店」の看板が目立つ。
もう1つは「陽光城」。見るから中華一色のビル。
この2つのビルを一周すれば、中国や台湾料理の食材と道具が簡単に揃うし、中文書店では中国本土で出版されている週刊誌、月刊誌が2、3日遅れで入手出来る。
このような店が出来たのは、路線価格の安く、手ごろな住宅が 埼京線、東武東上線、西武池袋線に集中しており、中国人が増大したから。

最初に日本へやってきたのは福建省。彼らは蒲田を中心に店を構えた。上海系は大宮へ。
そして、遅れてきた東北3省の黒竜江省、吉林省、遼寧省の出身者が池袋を中心にチャイナタウンをつくりあげた。
ここで発行されている在日中国人向けの新聞だけで「中文導報」「華人週報」「新華時報」「陽光導報」「東方時報」「聯合週報」「日中新聞」「半月文摘」「日本新華僑報」と10紙に近い。
広告の内容は、旅行案内、不動産案内、国際結婚相談、社員やアルバイト募集、ホステス募集、入管手続き、法律相談、運転免許、内装修繕、料理店や食材市場、カラオケや遊技場など多士済々。
著者は、そうした店のいくつかを紹介しているが、そのなかの女性店主の3店を紹介しょう。

最初は、カラオケ店「富麗華」の綾川陽子。大連出身で中国名を「ぼく華」と言った。
早くから世界各国へ出向いていた中国人は、現地の名前に変えることをこだわらない。
劇団四季には24人もの優れた中国人が参加している。劇団代表の浅利慶太氏は、「両親と相談して いずれの国の名を名乗ってもよい」 としている。韓国人は日本名にすることに大変な抵抗感を覚える。ところが中国人は全然抵抗感を持っていない。24人全員が日本人名で大活躍している。
綾川陽子も同じこと。ずっと日本で生活するつもりだから国籍をとる。その方がビジネスがやり易く、外国へ行く時も一々ビザをとる煩わしさがない。
それどころか、日本人とちゃんと付き合って、認められて日本人社会に溶け込んで行くのが目的。
彼女は四川料理店を開いたり、中国からバイクの部品輸入業も手がけている。
しかし、カラオケ店から足を洗おうとは考えていない。
中国人相手のカラオケ店の経営には、大変な難問題がある。
酔って嘔吐するのはザラ。 問題は、ほんの些細なことから客同士が喧嘩をはじめ、流血騒ぎを起こすことも後を絶たないこと。 その都度パトカーや救急車が呼ばれる。
このため、中国人相手のカラオケ店で閉店に至ったのが数店ある。
「でもね。中国人は自分をありのまま曝け出すことでストレスを発散させているの。したがって、日本人相手のカラオケでは満足できない。だから私はカラオケ店をつぶさない」
「そして、喧嘩が始まっても、私が女だから大ごとになる前に抑えられる。日本人に嫌われることなく、ストレスを発散させてあげることが私の仕事」。

次は、池袋の中国人向けの不動産屋の草分けの1人の清水雅雪。中国名を陳文鶯という女性。
もともと中国人は持ち家志向が強い。 そして、ある程度の地歩を築いた在日中国人の中で、住宅取得熱が急増してきている。
しかし、中国人に対する偏見は強い。その中で白眼視されながら住んでゆくのは大変なこと。
そこで著者は、そういった中国人に質問している。「日本は、本当に居心地がよいか」 と。
「日本は暮らしやすい」 とほとんどの人が答えている。
中文導報の調査でも、80%の人が日本で生活出来て 「幸せ」 と答えている。
とくに女性にとっては魅力が大きい。
治安がよくて、夜中にタクシーに乗っても安全。 空気が澄んでいて洋服が汚れない。便利なコンビニがあり、レストランのサービスは中国では絶対に得られない最上のもの。
「中国本土では皆が競争し合って生きている。向上心も強いけど物欲もすごい。それを見ていると虚しくなってくる。私はあれが欲しい、これが欲しいと言う感覚が少なくなってきた。静かにしている日本文化の楽しみが、ジワジワと私の中に滲みてきている。 それに、自分から大声で主張しなくても、頑張ってさえおれば日本では認めてもらえる」
清水雅雪女史は1998年に来日し、大学院で経営学を勉強し、卒業後は投資顧問会社の仕事をしていたが、2006年から不動産屋ビジネスを手掛けている。
自分でマンションを探していた時、誰も保証人になってくれなかった。だから同じ思いをさせたくない。
とくに留学生たちを応援したいという。
そして、中国人よりも日本人に対する信頼感が強い。つまり、日本文化に惚れてきている。
「こんな日本が気に入らなかったら、気に入る国なんかないですよ」 という。

最後は、東池袋で「愛嬰幼保育園」を経営する応園長。
友人の紹介で日本人男性と結婚し、来日した翌年男の子を出産。言葉の通じない国での出産というストレスで、髪の毛はごっそり抜け、別人のように痩せこけた。そして、育児の悩みを中国語で相談できるところがない。安心して預けられる幼保育園がない。
この時受けた苦しみを、同じ環境の女性に味わせたくない、という思いで2000年に愛嬰幼保育園を設立し、中国人向け新聞に「一緒に子育てしませんか」と呼びかけた。

24時間態勢の保育園で、ゼロ才から学童までもあずかっている。自閉症児もあずかる。
たしかに理想的だが、ここまでやると自分で自分の首を絞めることになる。
応園長は、保育園を始めてからほとんど安眠をしたことがない。本当は自分の子どもを抱いて寝たいのだが、悩みを抱えた若い母を見ていると、どうしても頑張ってしまう。
それどころか、「日本のお母さんたちの力にもなってあげたい」 と考えるようになり、2008年からホームページで呼び掛けたら、たちまち200名近い日本の子どもたちが通ってくるようになった。
その一人の子どもの母親であり、自身も保育士をしていたという中島さんは次のように話す。
「ここのサービスのよさは抜群。 保育士さんたちが個人ノートをつけていて、ひとりひとりの子どもの様子を詳しく教えてくれる。普通の公立保育園では、そこまでやってくれないですよ」
さらに中島さんは、次のように付け加える。
「子どもに熱があると連れてこないでという保育園が多い。しかし37.2度の熱があった時、どうしても仕事があるので相談したら、大変ですね。連れて来て下さい。ただし38度になったら連絡します、と言って預かってくれたのです。24時間態勢でお泊まりが出来るのも、働いている者にとっては有難い。何としてでもこの保育園は応援して行きたいですね」。

日中の民間レベルの ささやかな交流の芽が、全国で育ち始めている。


posted by uno at 13:10| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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