2012年02月15日

日本の住宅感に根本的な問題を提起している対談


対談  隈 研吾・養老孟司「日本人はどう住まうべきか ?」(日経BP社 1200円+税)

P1050594.JPG

対談だから、話はあちこちへ飛ぶ。残念ながら系統だってはいない。
このため、いくつかのポイントだけをピックアップして紹介したい。

◆津波に対してはノーマークだった建築業界

隈  建築学会はいっぱい部会をつくって細かい研究はしているけど、驚くべきことに津波の研究は誰もやっていない。どこから何メートルの津波がきて、どこへどういう風に流れてゆくか分からない。完全にノーマーク。
理系の人間は、無意識のうちにコントロール出来るものと、出来ないものの間に線を引き、自分の出来ることしか考えようとしていないのかもしれません。
養老  建築学会と言うのは百何十年も続いている学会でしょう。その間に関東大震災があり、ペルー沖や奥尻島の津波被害があった。しかし、頻度が低いので無視してきた? 建築は何年先までのことを考えて設計をしているのですか。 家制度があった昔は、家康が始めた利根川の治水に3代かけている。
隈  実は時間に関しても驚くほど無神経。耐震設計は関東大震災に耐えられるようになっているけれど、何十年か経った時の耐震性は考えていない。これは建築だけでなく日本の中枢は長期的な視点は欠けてきています。議員は任期だけ。役人のポジションは2〜3年で交代。どんなに長くても20年。それ以上のスパンで考える人が居なくなった。

◆誰も責任をとらない液状化現象

養老  東日本大震災の時、大手町のJAビルと日経ビルがぶっかるのではないかと見ていて怖くなったと言う人がいます。しかし、被害が大きかったのは建築物ではなく液状化という土地問題。
隈  液状化問題は建築と土木の縦割りの境界にある問題。だから土木の人も建築人も液状化に対しては責任を感じていない。したがって津波と一緒でノーマーク。
ダビンチの時代は一人で建築の絵を描き土木計画を建てていたが、現在のテクノロジーは分業が基本。隙間に出来た穴に対しては誰も責任をとらなくていい。そんな条件の悪い土地しか残ってない。土地の危険性に気がつかれたら土地や建物は売れない。
そこでデベロッパーは建築家を呼んできて街路樹を植え、デザインで誤魔化す。 住宅専門家が漆喰とか自然素材とかエコなどと喋って土地の危険性を話さない。
東北の被災地では、一律に市街地は高台に作れという議論があるが、高台には土石流の懸念がある。
建築基準法そのものが全国一律と言うのがおかしいように、災害復興が一律というのはおかしい。

◆超高層ビルを建て続けなければならないデベロッパーとゼネコン

養老  僕が関心を持っているのは東京中にある超高層ビル。これからもあんなに高いビルをつくり続けるのか。こうした超高層ビルラッシュは、いつ終わるのかということです。
隈  日本のデベロッパーは、大きなプロジェクトをでっち上げ、話題づくりをして超高層ビルを建てない限り生きて行けない構造になっている。 新しいビルをつくり、古いビルのテナントをそっちに動かすことでカネを動かす。超高層ビルに入らないと一流でないという雰囲気をつくって、商売を回してゆく。 テナントを回転させないとデベロッパー産業が成立せず、ゼネコンも利益が上がらない。 デベロッパーとゼネコンは一体になっていますし、政治家にとっても未だに大きな支持基盤。
業界全体が必死に回転し続けないとダメだというのですから、悲惨。
養老  このシステムは日本独自のものですか。それとも他の国に似たような例がありますか。
隈  中国も同じ構造。中国では早くも製造業で利益が上がらなくなってきて、経済成長を維持するには不動産価格を上昇させてGDPを押し上げるのが楽で効果的。見せかけの成長。 
しかし、あまりバブルに走ると民衆の不満が爆発する。したがってデベロッパーを潰さず、いかに緩やかに不動産価格を上げ続けるかが中国政府の基本政策。 だから中国では、慢性的なバブルがずっと続いて行きます。

◆型枠大工にオンブし、厳しさを忘れたコンクリートで育った建築家

養老  日本の都市開発には大局感が欠けていた。経済学は「経済成長はエネルギー消費と関係している」ことに長い間気付いていなかった。経済学者はこうありたいというバイアスが強くかかっている。
これに対して建築は経済性を優先しても建物が潰れたら話にならない。基本的には科学性重視の世界。
隈  建築の基本は人間の信頼関係なのです。 とくに20世紀はコンクリートが主流になった。 一度コンクリートを打ってしまうと、中に鉄筋がなかろうが、海砂を使っていようが外からは見えない。
このコンクリートが世界に一気に普及したのは、ベニヤを組み立てられるという低い技術さえあれば誰にでも出来たから。 信用だけで出来ている怪しい世界なのですよ。そして、 日本には器用な型枠大工さんがいた。建築家がどんな勝手な造形図面を描いても世界で一番綺麗に仕上げる。丹下健三さん以来の黒川記章さん、安藤忠雄さんもわれわれも、型枠大工さんのおかげで世界に名を知られるようになった。
甘やかされて、モノづくりの厳しさをどこか忘れちゃったかも知れない。

◆コンビニ型建築をひねり出したコルビュジエ

隈  コルビュジエは20世紀最大の建築家と言われていますが、彼が有名になったのはサヴォア邸でピロティという細い柱で建築と地面を離したから。大変綺麗な緑に囲まれた場所に建っているのに、地面から離す必要性は何もない。それなのに湿度を避けるなど、嘘とわかる屁理屈をこねている。
養老  コルビュジエはどうしてコンビニ建築に、そんな屁理屈をこねねばならなかったのですか ?
隈  その方が世界のどこでも通用するからです。 ピロティで大地から切り離せば、インドでもアメリカでも、どんな環境でも均質な建築空間が出来る。 そういう意味ではマーケティングの天才です。
実際は彼はクライアントから訴えられたのです。 住み心地が悪く、予算オーバーなどで・・・。
20世紀という不自然な時代を象徴しているのがサヴォア邸です。
養老  20世紀末に流行になったマンションも、相当に不自然ですよ。
隈  高層や超高層マンションが何で売れているかと言うとファッション。 階数を増やして高くしてゆけば行くほどエレベーターなどの機能部分が占める割合が多くなって効率が悪くなる。 厳密に計算してゆくと、それぞれの敷地で最適階が理系には簡単に弾き出せる。
ところが、文系のマーケティングの世界に移行すると、とたんにファッションの世界になって、高い階ほど高く売れて、どんどん超高層マンションの世界になってきています。

◆上に伸びるか横に拡がるか。人工圧力設計の基本はエネルギー

養老  震災復興にしても都市計画にしても、人口が増減した時にどう住むのが合理的かを考えるのが「人工圧力設計」。 都市に集中させるのか、郊外へ拡げてゆくのが良いか。そのポイントになるのがエネルギー問題。 北海道の中標津町では住民を中心に集めている。その方がライフラインの投資が少なくてすむ。
隈  集中させるか、拡げるかは全てローカルで考える。全国一律は絶対にダメ。その場所の最適解は計算すれば出る。だが、ある解を全国的に当てはめようとするセントラルコントロールが一番危ない。
養老  アメリカ型郊外住宅はどう評価すべきでしょうか。
隈  安い石油を大前提にして、郊外に広がった「ドリーム」というか「錯覚」。 アメリカは第一次大戦後に住宅ローン制度を発明してドンドン郊外へ発展した。そして、懲りずにサブプライム・ローンを開発し、そのローンの破綻で20世紀に終止符がうたれた。

◆マンションに見るサラリーマン化の究極

養老  現場と言うのはマニュアル化出来ないところがある。解剖などが典型的な例。 死体は重さも脂肪の量も一個々々違う。それを一律の時間にやらせようと言うのが間違い。
ところが、世の中のサラリーマンたちは何でも能率化のために一律にしたがる。
隈  建築の現場所長は昔はサラリーマンではなかった。 こっちの現場が赤字でも他で黒字を出せば良かった。しかし、今はそれが許されない。購買も安く仕入れるためもあるが、本社で一括購入して、決められた材料しか使えない。究極はマンションの内装仕上げ。ペンキを使うとヒビが入る時がある。このためビニールクロスしか使えない。 また、幅木が1ミリとか3ミリ開いているだけでクレームになる。木の幅木では床の不陸に付いてゆけないというので塩ビの幅木しか使えない。 しかも隙間は名刺1枚の厚さに限られる。2枚ではダメ。 こんなマンションが売れている。画一化の果てがこんなみじめなものになっている。

◆サラリーマン化を抑制するのは「ともだおれ」の覚悟

養老  建物をたてるということは、医者を選ぶことと同じなんです。 ともだおれを覚悟して、任せる時は任せる。 任せると相手は絶対に悪いようにはしない。
隈  建築と言うのは大変長いつきあいです。 ともだおれの気持ちで信頼してもらえばこちらだって悪いことは絶対にできない。 それには建築家の方からもそのようにもってゆかないと良い関係はできません。
養老  サラリーマン性というのは、その「ともだおれ」を否定するんだよ。 医者の世界に保険の点数制が導入された時、サラリーマン化が起こった。 腕のいい医者だろうと悪い医者だろうと、治療点数が同じだという。 このため、患者の顔も見ない問診も出来ない医者がはびこっている。 日本が強かったのは現場が強かったということ。 その現場力が点数制度で落ちてきている。
隈  僕のような仕事でも、現場に行って歩きまわればいろんなことが分かる。 今は現場の映像をコンピューターで送ってもらえば現場へ行く手間がはぶけるという建築家もいるが、絶対そうじゃない。
大事なことは、プランの段階から現場へ行って、立って、歩き回わって、初めて大切なものが見えてくるのです。
養老  医者も一緒。 検査結果やCTや、遠隔地の患者のデータをパソコンで送ってもらって、手術もパソコンの画面を通して指示してやると言う話があるけど、そうはいかないよ。 緊急の場合はやむを得ないにしても、やはり問診して、患者の実態を把握しないと本当の治療は出来ない。

◆家の「私有」から病がはじまる

隈  都市にしても、住居にしても、家がプライベートな空間だと思ったときから、間違いが始まるのだと僕は思う。 プライベートな思いがさらに進むと「私有」になる。 自分の一生の財産であり、人生の目標だと思いこむ。 そうなるとペンキのヒビが許せなくなり、ビニールクロスのマンションが出来上がり、サブプライム・ローンの破綻に行きつく。
養老  日本では分譲マンションが圧倒的な主流。 ビルと言う公共的な場所の一部を私有するという変な感覚が普通になってしまっている。
隈  分譲された時は、あたかも一生の安心を買ったような気になってしまうが、この私有の矛盾が次第に大きな問題になる。 建て替えが難しくなってスクラップにするか、スラム化するしかない。
買うときはコンクリートだからいいと思うが、この頑丈さが解体のマイナスになってしまう。
大都市では、基本的には賃貸と言う形をとって、ライフスタイルに合わせて移動し、変化してゆけることが望ましい。 それが「資産だよ」と言った途端に、大きな病を抱え込むことになります。

◆東京難民のリスクは読めない

養老  東京の高層分譲マンション。 エネルギーが切れたらどうするのでしょうね。「リスク対応をしています」といっても、自家発電には限界があるだろうし。
隈  超高層ビルの超高層階には、人間だったら誰もが本能的に違和感を覚え、いざという時の避難に危機感を持っています。それに対して、リスクが計算できて対応出来るかと問われれば、できないわけです。
養老  2004年の中越地震で、山古志村で難民が出て大騒ぎになったけれども、東京で難民が出たらどうなるのだろう。東北大震災で避難住民が30万人以上と言われていましたが、100万人以上の単位になるでしょうね。その議論を、きちんとやられているのでしょうか。
隈  それがほとんど議論されていないのではないですか。 部分的な対策は発表されていますが、インフラが止まったら、何をするにも全然ダメ。
養老  だから東京が直下型の地震にやられたら、少なくとも数ヶ月は暮らせないと思っておいた方がいいんじゃないかな。 災害対策として、地震直後の帰宅問題とか途中の水の確保などが取り上げられているけど、実はインフラが崩壊後の対策が大切なのです。

◆人間の頭が、コンピューターを真似してしまう

養老  現在の建築や車などの工業製品の現場では、CADやCGなどの役割が増えてきている。 人間がコンピューターに引っ張られて真似してしまう。 パワーポイントを使うとそれに沿った考えをして、どの会社の戦略も似通ったものになったのと同じ現象が・・・。
隈  実はコンクリートの建物のつくり方はまさにそれです。 コンクリート建築は、端的にいうと「モデリング」と「テクスチャー・マッピング」。 ともかくモデリングするみたいにコンクリートで形を作って、後はテクスチャーとして薄い石や木なりを張ってゆくだけ。 CADには張るものの厚みが画面に反映されません。形とテクスチャーを定義するだけ。 このため、コンクリート建築では、それ以外の建築がますますもって出来づらくなった。
これが木造建築となると、CADとは全然違うOSで動いているわけです。 木造は難しくて、その図面を引けとコンピューターに命令しても簡単に引けない。 ぼく自身も怖くて引けなかった。木造はフレームだけでは簡単にヴォリュームになってくれない。 そこら中がスケスケで隙間があって閉じたものが作れない感じがするのです。 コンクリートだと曲線を描けばコンクリートを流し込むだけで自動的に気密性と水密性のある閉じた空間が出来る。 木造はスースーしている。 そこが怖い。
                                        (以下省略)

posted by uno at 11:25| Comment(0) | 書評(建築・住宅) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。