2012年03月01日

科学者の芥川賞・「ネイチャー」「サイエンス」から学ぶこと


竹内 薫著「科学嫌いが日本を滅ぼす」(新潮選書 1100円+税)

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正直言って、かなり重い気持ちで本をめくった。
科学者にとって、総合科学雑誌「ネイチャー」と「サイエンス」に論文が掲載されることは、芥川賞を受賞したのと同等か それ以上の効果がある。
研究費は多くなるし、一躍有名人として活躍の場が拡がる。
しかし、採択される論文は、応募の7%程度。
やたらに狭き門。

木造住宅を生業としてきた関係上、「日本森林」「木材」「冷凍」などの学会誌を読んだことはある。しかしほとんどが内輪の話で、外部の人間にはちっとも面白くない。
それよりも、外部の人間を対象にした「住宅と木材」とか「建築知識」の方が参考になる。
素人が、医学会の機関誌を読んでもチンプンカンプン。
それと同じことで、科学音痴にとっては、専門家を対象にするネイチャーとかサイエンスは英語で書かれていることもあり、高嶺の花。(しかし、ネイチャーは1987にネイチャー・ジャパンを設立し、100人のスタップで、日本語の月間ダイジェストを2004年から発刊している)
最初からアタックするのを諦めて、読もうと考えたことはない。
したがって、この著を前にして気が重くなったのも やむを得まい。

だが、この著書には考えていたような障壁は皆無。
ネイチャーとかサイエンスが誕生した背景、2つの科学誌の特徴と絶対的な権威を得てきた理由、両誌と日本の研究者との関係、日本の科学水準、原発事故と科学誌、などの問題を取り上げていてスラスラ読めた。
科学などと言われると、文系の人間は身構える。
苦手の数学や物理の数式や記号が出てくるとついてゆけないから…。
ところが、難しい数式や記号は出てこない。
つまり、好奇心をくすぐりながら未知のことに触れる楽しさから、一気に読ませた。
そんな内容だから、気楽に付き合って頂きたい。

ネイチャーは、今から143年前の1869年に、イギリスの天文学者ノーマン・ロッキー氏によって創刊された。当初は数十ページの小冊子で、科学者仲間の会報にすぎなかった。
科学関連本の紹介や科学者同士の手紙のやりとりなど、情報交換のツールだった。
今なら、ミクシーやツィッターという役割を、イギリスの科学者の間で果たしていた。
ネイチャーの創刊号にはワイワーズの詩が載っている。

永遠に続く真の詩は
自然を礎にしなくてはならない・・・

つまり、自然に対する畏怖の念があり、自然の秘密を解明することこそが科学の使命だと考えて、誌名をネイチャーとした。
ネイチャーは、どこまでも民間の出版社が発行している週間総合科学雑誌。
個人の定期購読費は年間5万5000円程度。毎週木曜日に発行され、120ページ程度。1冊あたり約1000円余という勘定になる。
2009年のネイチャー誌の発行部数は全世界で約5万3000部。うち日本では約6000部と1割以上を占めている。
同誌は1冊を平均8人が回し読みしていると言われているから、全世界の読者は約42万人、日本人は4.6万人程度で、なかなかの頑張り。

一方、アメリカのサイエンスは、最初は発明王のエジソンや電話のベルからの拠出金で1880年に雑誌を発刊したがなかなか軌道に乗らず、何回かの休刊を経て1900年に全米科学振興協会(AAAS) に合流して、協会の会員誌として安定的に発行されるようになった。
AAASの年会費が2万円程度。これは毎週金曜日の発行で、1冊あたり400円見当。ページ数は同じく120ページ前後。
ということもあって、サイエンスの定期購読者は13万人。これも回し読みがあるので、電子版を合わせた読者は100万人に達する。
つまり、読者数はサイエンスの方がネイチャーの2.5倍ということになる。

しかし、この両誌が最初から世界の科学雑誌の覇者だったわけではない。
あの有名なアインシュタインは、その相対性理論もブラウン運動論文も、両誌に発表したのではない。
ドイツの物理学年報にドイツ語で発表。
アインシュタインは1879年ドイツ南部ウルム市のユダヤ系家族に生まれている。1900年にスイスのチューリッヒ工科大学を卒業したが大学に残ることが出来ず、特許局で特許の審査をする冷や飯を食っていた。
しかし、アインシュタインの才能は1905年に一気に開花。
科学の世界には、独特の評価基準が存在している。
それは「引用回数」の多寡。
どれだけ他の科学論文に引用されたかによって、その論文の価値、つまり重要度を測る。
引用の多いのがブラウン運動の論文。
当時のドイツの科学技術は世界一と言ってよかった。アインシュタインがドイツの物理雑誌にドイツ語で論文を発表したのは、当然のこと。

しかし、そのドイツが第一次大戦で敗戦国となり、多額の賠償金に苦しみ、科学技術の世界にも翳りが見え始めてきた。そして、賠償金に反発する勢力としてナチスの勢力が強まり、ユダヤ人排斥の風潮の高まりで、アインシュタインは1932年にアメリカへの亡命を余儀なくされた。
アインシュタインに対して、広島、長崎への原爆投下の責任を問う考えがある。
その1つは、相対性理論の中で「質量mがエネルギーEに変換される」 という方程式を発表したこと。
しかし、アインシュタインの発表がなくても、別の科学者がこの方程式を発見していたであろう。
それと、友人のシラードが、「ナチスドイツの原爆開発の可能性を説き、アメリカが原爆開発を進めるように」との書簡をルーズベルト大統領に送った。
アインシュタインは書簡にサインしただけだったが、戦後道義的な責任を問われることになる。

いずれにしても、第二次大戦後は戦勝国イギリスとアメリカの2誌に覇権が移ることになり、英語で論文を発表しない限り、世界から認められない時代になった。
日本で最初のノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹氏は、日本で刊行された英文の科学誌に発表した「中間子」の論文が認められたものであり、第2号の朝永振一郎の「くりこみ理論」は、別の日本の英語科学誌に掲載されたものだった。
つまり、戦後は英語で論文を発表しない限り、ノーベル賞の対象にならず、ネイチャーやサイエンスも振り向いてくれない。
その中にあって、唯一英語が大嫌いで2008年にノーベル賞を受賞したのが益川俊英元京大教授。
しかし、益川氏は書かなかったけれど共同研究者の小林氏が、朝永氏が投稿したのと同じ日本の英語科学雑誌に投稿して、ノーベル賞の受賞となった。
つまり、ネイチャーやサイエンスでなくとも、和製の英文科学雑誌であっても、それに投稿して読まれることがノーベル賞受賞の必須条件。

しかし、英語全盛時代だからというだけでネイチャーやサイエンスの独走が始まったのではない。
何と言っても評価されているのは厳格な査読制度。これをピアレビュー制度という。
ピアとは同僚のこと。
科学の分野はあまりにも専門化しすぎて、隣の研究室での研究内容がよく分からない。
だから同じ分野で活躍しているその道の権威ある科学者に論文を査読してもらい、掲載に足りる内容かどうかを判断してもらう。
両誌とも、その査読者の名を公表していない。だから、論文提出者には自分の提出した論文がどうなっているかがさっぱりわからない。

論文は、ベテランの編集部で、科学的に重要であるかどうかが精査される。
一人の判断ではなく何人かで精査されるらしい。この段階で1/5ぐらいに絞られる。
それをピアレビューに回す。
しかし、ピアレビューを絶対視しているわけではない。あくまでも重要な判断材料としてコメントを聞くだけ。
多数のレビュアーが高評価をつけた時でも、最終的には編集部の判断で落とすこともある。
逆に、ネガティブな評価が多かったとしても掲載される時がある。
つまり、最終的には編集部が全責任をもって、採否を決定。
この厳しいピアレビュー制度が、両誌の存在感を高めている。

ちなみに、朝日新聞出版が発行している「大学ランキング」は、毎年ネイチャーとサイエンスに何本の論文が掲載されたかなどを基準に順位を付けている。
因みに2003年から2008年までの累計では 東大がトップで233本、2位が京大で97本、3位か阪大で72本となっている。
東大が圧倒的だが、その東大にしても世界のベスト10には入っていない。
東大が9月入試に踏み切り、世界から優秀な頭脳を集めようとやっきになっているのは、こうした背景を知れば納得出来る。
それと同時に、はやぶさの成功例に見られた日本の独自性も見失ってはならないと強調。

しかし、こうした厳しい査読制度をもってしても、2004年にサイエンスに発表された韓国ソウル大の黄元教授の「ES細胞の捏造」を見抜くことができなかった 。
そのほか、1992年に昭和天皇自らの執筆がサイエンスに掲載されたこと、横田めぐみさんの遺骨のDNA鑑定問題、イグ・ノーベル賞問題、福島原発問題に対する両誌の見解、今回の東日本大災害の失敗から学ぶべき点、京大山中伸弥教授の歴史的なips細胞の論文を両誌が見逃した理由、など興味ある話題が続き、最後まで息を抜く暇もなかった。
私のような科学音痴に面白いと感じさせただけで、高得点を与えたいと思う。

(2月は29日しかないので、1日とさせていただきました。次回は6日の夕方を予定しています)


posted by uno at 06:09| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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