2012年03月20日

「もっと日本の住宅に影を!」 昔から言われてきたことだが・・・


東海林弘靖著「日本の照明はまぶしすぎる」(角川oneテーマ21 724円+税)

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この本は半年以上も前に出版された。
しかし、諸外国の住宅事情を知っている者には、日本の照明はまぶしすぎると言うのは常識。
「光よりも、もっと影の演出を!!」 というのは昔から言われ続けてきたこと。
したがって、題名を見ただけで内容が想像できた。
念のために目次を開いて見たら、想像通りの文言が踊っており、食欲をそそるものではなかった。
だから、買わなかった。
ただ、図書館で偶然にこの本を見つけ、「タダだったら読もうか」 と、不遜に思ったにすぎない。

筆者は建築を専攻し、劇場・美術館・図書館・店舗・マンションなどの照明から、超高層建築のファサードライテング (壁面照明) などを担当する 「照明デザイナー」 で、全国に100人ほどしかいない 「光のソムリエ」 だと自任している。
そして、マーケットは日本国内だけでなく、中国・台湾・シンガポールなどのアジアからドイツ・スペインなどのヨーロッパにも及んでいるという。
住宅の場合は、よほど特殊なものでない限り、照明デザイナーに依頼することはない。
建築家の安藤忠雄氏は、影のある暗い住宅を施主に強制的に提案している。
だが、プレハブなどの注文住宅は、モデルハウスそのものがシーリングライトで施主におもねていて、やたらと明るすぎる。

照明などの光の量を表現する単位にルクスが使われている。
人間の眼が捉えることが出来る0.0001ルクスから10万ルクスまで。
デジカメは自動絞りになったが、昔の一眼レフはこの絞りの良し悪しがよい写真が撮れるかどうかのカギだった。
このカメラの絞りに相当するのが、瞳孔と網膜上にある2種類の視細胞。
2つの視細胞とは暗い場所で働く桿状体と、明るい場所で働く錐状体。
この暗い場所で働いている桿状体を「暗所視」といって、ルクスで言えば0.0001から0.01ルクスの間を専門的に担当する。
そう言われてもピンとこない。
星明かりが0.001ルクスで、満月の明かりが0.2ルクスという。
ということは、星明かりの1/10が0.0001ルクスだから、夜空の90%が雲に隠れた明るさだと推定するしかない。また、満月が0.2ルクスというから、0.01ルクスというのは新月の月明かり。
そのような暗い所で働いてくれるのが「暗所視」の桿状体。

そして、0.01ルクスから10ルクスを「薄明視」と言って、桿状体と錐状体の両方が働いてくれている。
この10ルクスというのは薄暗いバーの照明に匹敵するそうだ。
つまり、新月から薄暗いバーまでは、桿状体と錐状体が共同して働いている。

そして、10ルクスから10万ルクスの「明所視」で活躍してくれるのが専ら錐状体。
薄暗いバーよりも明るいところ。
街灯の下が50〜100ルクス。 夜のアーケードが150〜200ルクス。
アメリカのオフィスは400〜500ルクス。 日本のオフィスは400〜750ルクスだという。
そして、煌々としているコンビニはなんと1300ルクス。
さらに、曇天の昼は3万2000ルクスで、晴天の昼は10万ルクス。
海岸や雪山の晴天はそれ以上。
日本のオフィスがアメリカよりも明るいのは、1990年代に通産省がニューオフィス推進指針として750ルクスというバカな数字を出したから。 02年に厚生労働省が300〜500ルクスという数字に訂正したが、未だにやたらな明るさで残業を強要している事務所が日本には多い。

このオフィスの明るさに負けていないのが日本の住宅。
世界の先進国の住宅を見ても、部屋の中央のシーリングライトとかペンダントで全室を照らす蛍光灯が輝いているのは日本だけ。
今から約50年前、筆者が幼稚園児だったころ、大変な事件が起こった。
ある土曜日の夕方、近所で初めての蛍光灯の大きな荷物がわが家へ届けられた。
もの珍しさもあって、近所の人も大勢集まってきた。
父親が大きな箱をあけ、皆がかたずをのんで見守っている中で蛍光灯を天井から吊るし、祖母がスィッチのヒモを引いた。
「おおお…!!」
その明るさに感嘆の声が上がり、大きな拍手が湧き起った。
それは、今までの薄暗い部屋を一変させる感動的な美しさで、近代的な白い光は経済成長の有難さを実感させるものだった。
以来、50年にわたり蛍光灯が、日本の家庭を支配してきた。
いつまでも錐状体のみが働き続け、ストレスのとれない住宅が出現。

アメリカでは10年前までは、住宅の中で蛍光灯が使われていたのは1ヶ所だけ。
蛍光灯は、労働とか作業をする場所に使うもの。
家庭で作業する場というのは、唯一台所。
100%のモデルハウスが、台所の天井には蛍光灯を数本入れ、プラスチックのカバーで覆っていた。
下は、40年前の古い写真をムリに引きのばしたもので、ピンボケはお許しあれ。

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つまり、蛍光灯やスポットライトというのは、どこまでも作業を容易にする場にしか使っていないということ。 それ以外の場所では圧倒的に白熱灯の40ワット程度かそれ以下のスタンドやブラケットが使われていた。
白っぽい蛍光灯の光は神経を休ませてくれない。 このため、ほとんどの家庭では暖色の白熱電球を選んでいた。 そして、スタンドがやたらと多かった。
これは何もアメリカに限ったことではない。ヨーロッパでも同然。
とくに北欧の冬期は、昼中と呼べるのは6時間ぐらいで、当然のことながら夜が長い。
スーパーには、「100本で10ユーロ」 という特価のキャンドルが売られていたりする。
クリスマスや誕生日以外でも、そのキャンドル数本を灯してデナーを楽しみ、一家の語らいが続けられるという。つまり、キャンドルにゆれる影を楽しむことが、生活の1パターンとして定着している。
暗さが想像力を養ってくれる。

光の色味はケルビンという単位で表示する。
白熱灯の電球色は3000ケルビンだという。
温白色は3500ケルビン。
白色は4200ケルビン。
昼白色は5000ケルビン。
昼光色は6700ケルビン。 数字がおおきくなればなるほど涼しげで刺激的になる。
筆者は3交代制で働くオフィスで、「仕事に集中出来る照明を」 と頼まれた時、晴れ渡った真っ青な空から降り注ぐ光を再現するために8500ケルビンの青白い光を放つ照明を採用したことがあったという。
つまり、働かせるためには高い数値のケルビンが有効。
たしかに、蛍光灯でもより暖色のものが開発されてきているが 白熱電球にはかなわない。

そして、この著書で初めて知ったのだが、アメリカでLED旋風が巻き起こったのは、今から10年も前のことだったという。日本ではこの2〜3年来のことであり、アメリカにそんなに早くLEDブームが到来していたとは、恥ずかしながら知らなかった。
青色LEDが実用化されて間もなく、光の3原色である赤色、青色、緑色のLEDの光を混ぜ合わせる「フルカラー・ライテング」の手法が紹介され、光のベンチャービジネスが一気に開花したという。
色とりどりの光は、公共施設やイベント会場を派手に彩り、新しいイノベーションの誕生に照明業界が湧きたっていた。
光の色は、それまでの光源にカラーのフィルターをかけていた。それが、LEDの3原色をコンピューター制御によって簡単に生み出せる時代になった。
ライテング関係者の全員が新時代の到来に、歓喜の声をあげていたのを筆者は今でもよく覚えているという。
ところが2010年5月にラスベガスで開催されたライテングフェアでは、拍子抜けがするほどLEDは鳴りをひそめていた。ベンチャーの多くも消え去っていた。
残念ながら、筆者はその道のプロでありながら、その原因を突き止めてはいない。
これこそが、この著に対する最大の不満。

最近のアメリカのキッチンのデザインおよびライテングをネットで調べて見ると、かつての天井面に埋設されていた蛍光灯は姿を消し、LED照明が大きく躍進しているようだ。
LED照明の光の拡散が半球状という点から、今までになかったダウンライトになり、吊り戸の下部につける帯状のアンダーキャビネットなどが普及しているらしい。
その詳細を知りたいのだが、筆者は住宅照明の専門家ではないので、一言も言及していないのが物足りない。

一方、ヨーロッパではアメリカに遅れること10年で、やっとLEDへの取り組みが本格的化してきているとのこと。
オランダのフィリップ社は、白熱電球をLEDに置きかえるだけでは意味がないと考えている。LEDは簡単に調光出来るだけでなく、色の調節も出来る。この特徴を活かそうとしている。
たとえば、1つの光源で朝は白っぽい光ですっきりとした目覚めを迎え、夜は暖かい光でリラックス出来るようにする。
さらに、ホームパーティの時は鮮やかな色で演出するというように・・・。
それが、どこまで実用化しているのか。 また、その他のヨーロッパの家庭ではどのような変化が起きているかについての記述もない。この面でも取材不足。

一方、上海の黄浦江を挟んで建てられている新しい超高層ビルのライトアップには、緑色を中心としたLEDが全面的に採用されており、「LEDのないビルは上海の建築には非ず !」 と言ってよいほどになってきている。

さて、問題は日本。
日本では白熱電球との消費電力、耐久性の面で、つまり専ら省エネ性を謳い文句にLED照明が伸びてきている。
そして、この耐久性ということで蛍光灯にも変わろうとしている。
「蛍光灯に変わらない光を、省エネで !」 と。
そこには、この50年来の命題である 「日本の住宅に影を !」 というテーマは見事に抜け落ちている。
筆者は、白熱電球の生産を中止し、蛍光灯をLEDに置きかえるだけの落ち着きのない明るさだけを追求するのは意味がないと主張している。
これからは、「LED+調光」 の時代だと強調している。
それと、もう1つ強調しているのは2008年に照明学会が発表した「住宅照明設計の技術指針」の中に謳っている 「1室多灯化」。

実際に新築住宅のプランニングをやると、とっくに 「1室多灯化」 になってきている。
その多灯化に拍車をかけようとしているのがLED照明のダウンライト。
日経ケンプラッツ建築・住宅の推奨するLED照明採用の 代表的住宅の照明計画を見て呆れた。
なんと、ダウンライドの設置が数十ヶ所にも及んでいた。
一体、住宅を何だと考えているのか ?

住宅は、まず耐震性能が絶対に優れていなければならない。
震度7の直下方地震に遭遇しても、倒壊はおろか0.5cm/m2の気密性能を担保出来るものでなければならない。 その面で、外断熱システムで失格住宅が多く出るはず。
柱が浮き上がる木軸も、気密性の劣化は避けられない。
そして、次は火災。
これは、軒が連なっている住宅地にあっては、類焼を防ぐことは大変に難しい。
せめて、自宅からは火事を出さないこと。 そのためには酸欠状態で自然鎮火させること。
それには、数十ヶ所もあるダウンライトの周りを耐火被覆させねばならない。
その手間暇は大変なもの。
しかもやたらと配線を這わせると、2階の床の電磁波が気になる。
電場は20ボルトだと安全と言われているが、一部屋に10ヶ所近くもダウンライトを配すると、2階の床を測定すると百数十ボルトになる可能性が高い。
それが即、電磁波過敏症を起こすことはないが、1階の天井にやたらとダウンライトを取り付けるのは入居者の健康面から考えて賛成出来ない。
それだけではない。
ダウンライトを沢山付けることによって、1、2階の界床が破壊され、上下階の遮音性は非常に悪くなる。2世帯住宅だと五月蠅くて住めたものではない。
やはり調光器をつけて、壁付けのブラケットを本命にすべきではなかろうか。

著者はこのほかに安眠の出来る照明、食べ物が美味しく見える照明、視力の落ちた目に優しい照明などを提示しているが、取り立てて書くほどのことはない。
それよりも、私の提起した問題に答えてもらうことこそ、最重要課題だと思うのだが・・・。


posted by uno at 08:18| Comment(0) | 書評(建築・住宅) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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