2012年04月06日

「入るを量って 出るを制す」 を忘れた税制の悲劇


民主党の「消費税・増税議論」という政治問題に口を出すつもりはない。
ただ、今年の2月14日号の「エコノミスト誌」巻頭の「闘論席」で、元経産省役人で大阪府特別顧問の古賀茂明氏が書いていた下記の寸評が非常に気になった。

かつては、政府内で経済見通しを立てるとき、財務省(元大蔵省)、内閣府(元経済企画庁)、経産省(元通産省)の“マクロ3官庁”が経済全体の将来像(経済見通しや中長期試算)を、まともに議論した。
大蔵省も通産省も、経済見通しを立てる時は 結論と言うか前提条件が先にあり、その前提条件に合うようにウソの数字を平気で作って経済企画庁に働きかけ、圧力をかけた。
これに対して、経済企画庁の官庁エコノミストがそれぞれのウソを見抜き、かなり正確な見通しを立て、社会的にも信用されていた。
ところが、今回の増税論議では、この肝心の経済見通しについてまともに議論がなされた形跡がない。
一応は内務省(元経済企画庁)が数字をつくっているかのような体裁を整えているが、内閣府の中で財務省出向経験者が出世するという慣行が出来上がり、優秀な元経済企画庁のエコノミストが次々に退職していっている。
そして、驚くことに先日、ついに内閣府の次官に財務省の官僚が就任し、伝統のあった経済企画庁はついに財務省の支配下に置かれるようになった。
これでは、中立的な立場での経済見通しが立てられない。その重要性を政治家は気付いていない。
(そして、財務省の一方的な理論で、消費税が強行されようとしている・・・。)

しかし、古賀氏の話を100%まともに聞くことはできない。
というのは、大蔵省出身の次官は決して今度が初めてではない。過去にも数件の例がある。
ただ、大蔵省よりも通産省とか経済企画庁出身の次官が圧倒的に多く、最近はどちらかというと内務省出身が多かった。
つまり、経産省出身者にとっては、縄張りを荒らされている気になるのだろう。
それもひとえに、経産省が強権的に推進してきた原発行政が、昨年春に破綻を見せたことにある。
東電ひとりを悪者にしているが、一番責任を負わねばならないのが経産省。
それなのに、海江田大臣にしても枝野大臣にしても、経産省の責任については一言も発せず、オタオタと責任転嫁のみに走っていて見苦しい。
このため、国民からの支持を完全に失ってしまっている。
その隙を突いて、財務官僚が勝手なことをやっている。
菅元首相と野田首相を手玉にとって、思いのままに動かそうとしている。
二人の首相は完全に財務省の操り人形に過ぎないということが、誰の眼にも明らかに・・・。

渡部昇一著 「税高くして民滅び、国亡ぶ」 (ワック社 1600円+税)

P1050879.JPG

氏は、右系文明評論家というよりは、反左派文明評論家と呼ぶべきなのだろう。
南京事件や慰安婦事件で積極的な発言をしている。
かつて、竹村健一氏の「世相を斬る」というテレビ番組に準レギュラーとして出演していたので必然的に氏の意見を聞かされてきた。 また、堺屋太一との交流が深かったことから、雑誌などに書かれているものは時折拾い読みした。だが、著作を読んだのは1冊か2冊だけ。
それが、あまり面白くなかったので読書対象から完全に外していた。
この著も、「経済学が分からない著者が書いた寝言にすぎないだろう」 と、期待しないどころか 斜に構えて読み始めた。

たしかに、経済成長との絡みで税が議論されていない。
世界主要国の中で、日本のみが過去20年間日銀のデフレ政策によって経済成長が抑えられている。
このため、一般税収は約40兆円のまま横ばい。
これに対して、年間医療費だけを考えても、34兆円であり、毎年1兆円くらい増え続ける。それを国債の発行で補っている。この状態が良いことだと考えている者は一人もいない。
まず、日銀法を改正し、日本のインフレ目標を2%以上にして、円高を是正して日本経済の活力を取り戻して税収を増やさねばならない。 それこそが緊急の課題だ、と力説している諸氏の意見こそまともではないか。
しかし、日銀の責任追及ということになってくると、当然のことながら何もしてこなかった財務省への批判として跳ね返る。
このため、日本経済の今後のあり方や見通しについて、マクロ3官庁で議論することもなく、財務省の一方的な 「首相洗脳作業」 により、消費税増税だけが浮かびあがってきている。
「入るを量って 出るを制す」というのがどこまでも原則。

明治維新を成し遂げた志士たちは、政府の脆さを熟知していた。
日露戦争の予想外の勝利にも、決して奢ることはなかった。
このため、財界の力を最大限活用しただけでなく、アメリカの鉄道王ハリマンが南満州の鉄道を一緒にやりたいと言ってきた時、長州閥の井上薫や桂首相は良い案として賛成した。伊藤博文も渋沢栄一も同意した。彼らは日本の危なさを知っていた。
ところが、東大卒のカネの怖さを知らなかった小村寿太郎は 井上、桂がやった仮条約を破棄し、日米対決の路線を敷いた。これが、その後の第二次戦争での禍根の原因。
それと、戦前の軍隊は、「日本絶対に潰れない」 という過信の亡者だった。このため、財閥をいじめて増税路線に走り、結局は日本を亡ぼした。

敗戦の年の1945年2月に、後に戦犯指定を受けて服毒自殺した近衛文麿元首相が、天皇に対して次のように上奏している。

自分は、この10年間軍部、官僚、右翼、左翼と接触を持っていた。 しかし、今になって思うに、満州事変、日華事変を惹起し、この戦線を拡大して大東亜戦争に導いたのは、軍部内部の左翼分子、共産分子の意識的な計画であったことは明らかである。 この軍内部の革新論者を取り巻いている「一部官僚及び民間有志 (これを右翼と言うも可、左翼と言うも可なり。いわゆる右翼は国体の衣を着けた共産主義者なり) 」 に、愚かな軍人が踊らされたのが今日の結果を招いた。 自分がそれらの人々の隠された真の意図を見抜けなかったことは誠に申し訳なく、深く責任を感じている。

この記録の正否は問わない。
問題は、「国家は潰れない」 という過信が招いた悲劇。
「入るを量って 出るを制する」 という基本を忘れるとどういう結果になるかを、戦前の歴史が教えてくれている。
「税と福祉の一体化」 ということは、美しい言葉のように感じるが、内容は 「福祉政策がどんどん進めば、税金もドンドン上がってゆく」 というシステム。
政治家は、福祉と称するバラマキをやりたがる。事実、民主党政権は、あたかもムダの出費削減で、予算が捻り出せるかのように振舞って、バラマキのマニフェストで政権についた。
「福祉に必要なだけ、税金を取らせてもらいます」 と言うのが野田首相の背後にある思想だと筆者は断言している。
これは、戦時中の軍隊と同じ発想。 「福祉ぶらさがり」 の限りない欲望を抑えない国はどうなるか。
正に、「亡国の発想」 と言わざるを得ない、という。
このままでの増税が進むと、消費税は将来間違いなく50%を突破する。

そして、筆者が論じているポイントは、増税の被害者は中産階級 (サラリーマン) であるということ。
高額所得者は、いくら増税しても逃げる道を持っている。著者の友人の邱永漢氏が、日本の税制に我慢がならず香港へ住所を移したように、いつでも国外へ脱出できる。
累進課税は、大変平等な制度だと考えている人が多い。しかし、累進課税が本当に正しい課税制度かというと、誰一人として答えられない。
日本の税制を維持するため、優秀な人材の多くが徴税の仕事に携わっている。
また、節税をするために優秀な税理士が大勢働いている。
しかし、富は税金を徴収し、その税を配分するところからは生まれてこない。
優秀な人材を、富を生産する場、商品とサービスを生みだす現場に配置することこそが、国にとって一番考えねばならないこと。

かつてのソ連などの社会主義は、商品の品質や生産性を無視して、やたら配分のみに多くの人材を配置して自滅した。 社会主義の本質は、他が成長することを妬む「嫉妬心」にあると著者はいう。
そして、一番理想的な税の制度は、収入の多寡を問わず一律10%の税制にあると断言。
著者が、ある財務省の幹部にそのことを話したら、「一律に徴収出来るのなら、10%ではなく7%で十分です」 と答えたという。
このほか、パーキンソンの第二の法則、「政府というものは、入っただけのおカネは全部使うものである」 とか、サッチャーやハイエク、ヒュームなどの事例が列挙されている。
しかし、どれもが税の一般論であって、消費税論議と直接かみ合わず、現下の経済力を如何に立て直してゆくかについての説得力に欠けている。

ただ、北欧のような数百万人の人間しかいない社会ならともかく、1億人以上が住む国にあっては、政府、なかんずく中央政府は小さい方が良いに決まっている。
全国的な大きな政府があっても自主性に乏しく、機能してくれない。
やはり、自主性の高い地域自治を育ててゆく。
そのためには、消費税は地方税にしてゆくべきだという橋下徹大阪市長の「維新の会」の主張が、私には魅力的を感じてしまうのだが・・・。



posted by uno at 16:59| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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