2012年04月10日

熱風的なアジアビジネスに、こんなに優れた指針があったとは・・・


江上 剛著「戦いに終わりなし 最新アジアビジネス熱風録」(文芸春秋 1400円+税)

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私は江上剛氏の大のファン。大概の著作は読んでいる。
ビジネスに関するこれはという著作も、新聞・雑誌の刊行案内や書評欄は、見落としがないように眼を通していたつもり。
それなのに、この優れた著書を見落として、NHKスペシャルの「インドの衝撃」や「灼熱アジア」をこの欄で紹介して、こと足れりとしてきた。
なにしろ、独りでやっているSOHO。
恥ずかしながら時折大魚を逃がしてしまう。
この著は4年前に刊行され、2年前には文庫にもなっていた。
私はあまり文庫本を漁らないから2年前の見逃しは許されよう。だか、4年前にこの著を読んでいたら、もう少しまともな判断力が付いていたと悔やまれる。

この著は、2007年に文春の編集部から「アジアへ出かけて、現地のビジネスの実態についてルポを書いてほしい」と頼まれ、9回にわたってインド、シンガポール、ベトナム、タイ、韓国、インドネシア、中国の7ヶ国を訪れ、進出した日本企業だけでなく、受け入れ側の各国の担当者の声も、きちんと取材をしている。
それだけではない。日本国内でそれぞれの専門家を訪ねて、補足的な取材を行い、現地での思い違いやルポの不足分を補っている。
そして、月刊誌「文藝春秋」に9回に分けて掲載された。
文藝春秋という月刊誌はあまりにも総花的に過ぎるので体質に合わず、時折手にするだけ。
私が愛読しているのは現代が廃刊になったので、Voice、WEDGE、Newtonぐらい。ここでも見逃がしてしまった。

たしかに、NHK特別取材班の「インドの衝撃」におけるインドの頭脳パワーや、BOPと呼ばれる1日50円以下で生活している貧困者の消費パワーの爆発の取材には感動させられた。
しかし、燃えさかるアジアビジネスの取材では、江上氏のものに比べるとNHKの「灼熱アジア」の方が明かに劣っている。
それは、ビジネスそのものへの理解力、洞察力と長年の産業界の取材力が、江上氏に及ばなかったということであろう。
本来は、この著は7ヶ国ごとに、7回にわけて紹介するほどの価値がある。
しかし、すでに読破されている方も多いと思う。4年前のベストセラーを、いまさら7回にわけて紹介するほどの蛮勇もない。
したがって、ポイントのいくつかだけをとりあげることにした。

まず、インド。
インドは2章に亘って述べている。1章は11億人の市場としての魅力。 2章はIT大国を拒む日本。
1章で取り上げているのはホンダ、スズキの自動車会社と三菱化成と中小の日精ASB社。
2016年のインドの市場は2輪車需要は1500万台、乗用車は300万台と言われている。ここに進出した両社はカースト制やインフラの未整備をはじめとしたインドの諸制度に泣かされながらも、我慢をして困難を乗り越えてきている。その詳細は広く知られているので省く。
それだけではない。三菱化成はインドの同業巨大企業から不当な取引停止圧力を再三再四受けてきた。インドからの撤退を考えるほど追い込まれたが、配送サービスでなんとか最悪期を脱出した。
しかし、日本企業の社員教育の良さを狙って、人材のスカウトが絶えない。当初の社員で残っているのは1/3程度。
中小の日精ASB社の場合は、小諸の社員が160人で、インドの社員が670人。この670人を水内社長が1人で仕切っている。ご多分にもれずカースト制と高い離職率に悩まされている。
そして、社長自ら赴任しているのは、一々日本から価格や戦略を指示していたのでは間に合わない。全ての権限をインドの現地に与えない「スローな日本経営」だと敗退してしまう。
韓国の家電のLG社がインドで成功しているのは一切の権限を現地に与えているから。
それと、ホンダとスズキがいやというほど味わせられた「我慢」の大切さ。

その次が、インドのお得意のIT。
筆者はインドのシリコンバレーと呼ばれるバンガロールに飛んで、ドイツ第3位のウィプロ・テクノロジーズ社を訪問している。15万坪の広い敷地に瀟洒な建物が並び、テニスコートや芝生で、新規採用者のトレーニングが行われている。
来年は新卒者8000人、中途採用者9000人を予定しており、社員総数は8万人になるという。
何しろ、アメリカのIBM、インテル、シスコシステム、マイクロソフトでこれからの数年間で百数十億ドルが投資され、IT関係の雇用数だけで220万人にもおよぶという勢い。
つまり、アメリカは携帯電話など新しいプロジェクトはインドへ丸投げしている。
インドのIT関連の売上高は09年で700億ドルと予想されているが、その2/3が輸出で、アメリカの比率が70%、日本はたったの3%にすぎない。アメリカを真似て韓国もインドへ丸投げ。
ところが、この丸投げによりIBMは自国で1万3000人、マイクロソフトは1万人をリストラした。
日本で、本来は600億円かかるソフトの費用を60億円でドイツに丸投げして効率を挙げている銀行は、長銀が破たんで生まれた新生銀だけ。
ITの自前のソフトを守ろうとみずほ銀行は勧銀、富士銀、興銀でいがみ合ってシステムエラーを起こし、東京三菱UFJは24時間営業のUFJシステムに切り替えることが出来なかった。
インドのITに丸投げ出来ないのはリストラ問題が絡んでいるからだとの指摘は、耳に痛い。

シンガポールでは、筆者はリー・シェンロン首相から直に取材している。
同国の戦略は、一貫してアジアのハブ(中軸) になることであり、いち早く工業団地の着手や世界中からの投資受け入れを進め70年代は平均13%の経済成長を果たした。
それ以降も製造現場としてではなく金融や物流のハブセンターとして栄え、これからはバイオテクノロジー、研究開発、情報システムを狙い、20%という法人税などでビジネスを展開するには最高の環境を提供している。
高給取りの公務員は良く働き、世界一の高学力と英語力を誇っている。
著者は、国営の「持株会社」と「機関投資家」の2つの側面を持つテマセクを取材している。32年前に三億5000万シンガポールドルで発足した国営企業の総資産は370倍の1290億シンガポールドルにもなり、32年間の平均利回りは18%という。
ともかく、日本のチンタラした国家公務院と根本的にことなるポリシーを持った政府と、その組織形態に驚かされる。

今、日本ではベトナムブーム。
人口は8300万人でその7割が30才以下。労賃も安く、政治と社会が安定している。
このため、06年の投資総額は102億ドル。前年比70%増。日本からの投資も前年比65%増の13.3億ドル。
中国の人件費増と外資優遇策がなくなり、許認可をめぐる不透明な支出増などで、ベトナム株が上がってきている。
日本企業のベトナム進出に先鞭を切ったのがキャノン。02年にハノイのタイロン工業団地に進出し、第2工場、第3工場を稼働させ、従業員は約9000人。インクジェットプリンターを製造し、06年の売上高7億ドルで、100%輸出されている。同国の輸出の1.5%を占めているという。
このほか、ホンダやロート製薬の取材も行われている。
JICAに出向している市川氏は、「ベトナム人の魅力は5つあるという。@優秀さ、A器用さ、B豊富な労働力、C仕事熱心さ、D安い労働力。 しかし、このうちのCとDはいずれ次第になくなってゆく。@とAを目的に進出して、日本へ留学させ、きちんとした人づくりを行なうことが肝心」と、新規進出企業に対してアドバイスしている。
一方、ある駐在員は「ベトナムは上から下まで役人のワイロが多すぎる。断れば仕事が停まる。これが、この国を滅ぼすかもしれない」という。一方的な情報だけを信じてはいけないようだ。

親日のタイについては、昨年の洪水で多くが語られたので、省略させていただく。
ただ、著者が最後に書いている言葉だけは記しておきたい。
「タイとのギブ&ティークの関係がうまくいっているので、タイは官民挙げて日本の中小企業の誘致に奔走している。しかし、日本の中小企業に技術面でギブが出来なくなった時、つまり日本の空洞化が進んで技術開発力が衰えた時にどうなるのか・・・」との疑問符には、考えさせられた。

東南アジアのマーケットで、日本の家電の看板が目立つのはタイぐらい。今まで日本企業が進出していなかったインド、ブラジル、中近東、ロシヤで泥を舐めながら力をつけてきた韓国。それが、今ではアジアで真正面から日本企業に対決しようとしている。
家電のボリュームゾーンは、欧米から新興国に移っている。その低価格ボリュームゾーンへ、日本の企業の対応が遅れている。
グローバル化を進めてきたサムスンの輸出比率は82%にも達する。242億ドルの売上のLG電子の輸出比率は74%。現代自動車286億ドルの輸出比率が57%。ともかく、新興国だけではなく、最近は先進国でも稼ぎ回っている。
韓国は10大財閥の株式の時価総額が45%にも及ぶ財閥国家。
しかも、同じサムスングループにあっても、単価が高いと必ずしもグループ企業から資材の調達をする必要はない。
しかも、日本の企業はサラリーマン化して、世界不況の時は稟議に明け暮れていた。この時、韓国の財閥のトップは果敢な投資を展開して、日本からトップの座を奪った。
しかし、その韓国にも泣き所がある。早く、早くと収益を求めるため、トップが技術に対する関心が薄く、関連企業を育てていない。 このため、輸出の主要部品は日本企業にオンブしなければならない経済構造になっている。
韓国の輸出品の40%以上を占めているのが半導体、携帯電話、自動車、平面デスプレイ、船舶。
これらの部品の半分近くが日本からの輸入品。韓国の主要輸出産業は日本から部品・素材を買わなくては成り立たない。収益最優先の大財閥依存社会が生み出した大きな弱点。
ともかく、IMF管理社会を経験して以来、韓国は年功序列社会が解消し、アメリカのように平たい超格差社会になってしまった。
貧困層はIMF以前の11.2%から06年には20.1%に倍増。一方平均の1.5倍以上の収入のある上流層が20.1%から25.3%へ増加。英語とITの出来る者が勝ち組で、その他が負け組に2分された。
これが、韓国の政情不安を呼ぶだろうし、日韓関係も利益追求だけの味気ないものになってゆくかも知れないと筆者は嘆いている。

インドネシアは世界一の親日国家。
筆者はインドネシアからのLNG輸入の94%を占める双日と住商の合弁会社から取材をはじめ、東レやエプソン、マンダイなどの進出企業を取材している。
しかし、東レの工場での生産性は中国の半分でしかないという環境に見られるように、インドネシアそのものがアジアの中で凋落してきている。
LNGだけでなく、合板、マグロ、エビなどの有力な輸入国だが、筆者は未来像を描けないでいる。

最後は中国。ここも2章を費やしている。
1章は中国マネー戦争の内幕で、もう1章は中国進出企業の天国と地獄。
まず、マネー戦争。中国で株取引ブームが続いているが、これは完全にインサイダー取引だという。
そして、一番関心が高いのは「中国のバブルが崩壊するかどうか ?」。
中国政府は、日本のバブル崩壊から学ぼうと、エクソンを定年退職した八城政基氏をはじめ英国銀行元総裁、ニューヨーク連銀元総裁など世界の重鎮6人を中国金融庁の国際諮問委員会のメンバーに招いているという。
日本でバブルが崩壊したのは、1985年のアメリカの圧力に屈したプラザ合意で、一気に円高が進んでしまったから。そこで、慌てて極端な低金利で市中にジャブジャブ資金を供給したことがバブルの引き金になった。
これを中国は他山の石とし、アメリカの再三の圧力にも大幅な切り上げは避けている。
したがって、日本と同じようなアメリカとのマネー戦争に負けた形でのバブル崩壊は、少ないのではないかと著者は踏んでいる。

また、中国へ進出した企業の天国と地獄に関しては、私もいくつか成功例を紹介している。
また、コピーと偽物が幅を効かし、地方政府を巻き込んだトラブルの多さは、著者以外にも多くの人が語っているところなので省略させていただく。
最後に著者は、「どこまで続くヌカルミぞ!」と叫んでいる。
疲れを知らないエネルギーを持つ人間と企業だけが、中国では成功するのではないか、と結んでいる。





posted by uno at 13:47| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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