2012年04月20日

省エネのメリットが単にカネだけなら太陽光へ走る!! (上)


どうも様子がおかしい。

2005年までは、日本の住宅業界の省エネ化を理論的にも技術的にもリードしていたのは、間違いなくカナダ生まれのR-2000住宅だった。
次世代省エネ基準のQ値が2.7W、C値が2.0〜5.0cm2の時代に、その2倍以上の性能であるQ値が1.2W〜1.4W、C値が0.9cm2というR-2000住宅の基準は、画期的なものだった。
現在のトップランナー基準が1.9Wであることを考えても、その素晴らしさが分かる。

それだけの性能を出すには、当初は高性能サッシなどの価格が高いために、坪単価が10万円近く高くならざるを得なかった。
このため、R-2000住宅はテーク・オフするために数年間の準備時間を余儀なくされた。
しかし、PVCサッシの量産体制が整ったことでコストダウンが進み、次世代住宅基準の2倍の性能を持ちながら、販売価格は大手のプレハブメーカーのそれよりも安いR-2000住宅が可能になり、口コミで固定層が生まれていった。

そして、強調しなければならないことは、R-2000住宅は建設大臣認定制度としてスタートしたので、最初から学会や産業界の支援を得て、きちんとした設計・施工マニュアルを持ち、認定設計士や認定インスペクターの養成システムとチェックリストを持っていた。
そして、その性能はコンピューターシミュレーションと完成時の気密テストによって、きちんと厳守されていた。
この厳しい完成時の気密テストをクリアー出来ないために、工事部門をアウトソーシングしている大手は軒並みに離脱するしかなかった。
C値0.9cm2という気密性能を克服できなかったのである。
そして、蚊帳の外に出た三井ホームは、ツーバィフォー建築協会の新任の専務理事を籠絡して、カナダ政府との友好関係で締結していた日加R-2000住宅協定を、一方的に破棄してしまった。この犯罪行為で、その後の日本の住宅は停滞を余儀なくされた。

しかし、特筆すべきことは、R-2000住宅運動が全国にR-2000住宅の専業地場ビルダーを生んだということである。
片手間に、R-2000住宅をやっているのではない。また、R-2000住宅は金融公庫の特別融資枠もなく、補助金制度は一切なかった。
それなのに、自発的にR-2000住宅に特化して、年間40棟以上をこなす地場ビルダーが4社、年間5〜10棟をこなす地場ビルダーが20社近く生まれた。
いわゆる産業化が進んだ。
そして、R-2000住宅に触発されて、スーパーウォールとかFPの家とか、新住協のQ-1住宅などの組織化、産業化も進んだ。
しかし、核になるR-2000住宅の日加の友好関係が破棄されたことにより、その後の地場ビルダーの産業化運動は、必ずしもスムーズに進んでいるとは言えない。

そうした閉塞感が漂う中に登場したのが、スウェーデンのイェーテボリ市で暖房機のない20戸程度のタウンハウス団地を開発したハンス・エーク氏。
外断熱協の招きで日本各地を公演して回った。
その中で、強く反応したのが長野の「信州の快適な住まいを考える会」。
信大の山下教授を中心に勉強会を重ねていたが、煽られて一挙に「暖房機のない住宅に取り組んでみょう」ということになった。そして、数社が暖房機のない住宅にトライして、山下先生が一年に亘って貴重なデータをとった。
このトライとデータで判明したことは、「無暖房機住宅」というのはたしかに暖房機がついていない。だが、顕熱交換機には結露を防ぐという目的もあってプレ・ヒーターという電熱器がついている。
原始的な電熱器で暖めた空気を導入している住宅にすぎなかった。
それと、やたらと断熱材を厚くすると冬期でもオーバー・ヒート現象が起こるので、換気装置に直接外気が導入出来るバイパス機能が必要だということが判明した。
しかし、この無暖房機住宅はコストがかかりすぎるため、何社かモデルハウスを建てたが、継続的に受注を確保することが出来ず、結局は産業化できなかった。
専業の地場ビルダーが生まれなかったのである。

そのあと、各地で様々な試みが続けられた。
そして、札幌の3-0-3運動や、帯広におけるいくつかのトライで、北海道ではQ値0.7〜0.9Wクラスの住宅が、坪60万円台で供給出来るようになり、着実に市民権を獲得しつヽあった。だが、トップランナーの専業業者を生むところまでには至っていない。

そんな2009年に登場したのが一条工務店のi-cube であり、森みわ女史のパッシブハウスだった。
その前年の08年に、私は仲間とドイツのパッシブハウス研究所やサッシメーカー、換気メーカー、住宅メーカー、資材メーカー、流通業者を回ってパッシブハウスの実態調査を行った。
パッシブハウスというのは、フランクフルトの南15キロのダルムシュタット市に今から21年前にヴォルフガング・ファィスト博士が建てたデモハウスをもって嚆矢とする。
当時は高性能サッシがなかったので、博士自身が手造りでサッシをつくらせたという熱意が、年間一次電力消費量が120kWh/m2 という住宅を生んだ。
博士の意欲には強く打たれた。
しかし、カナダのR-2000住宅の時に直面したのと同じ問題を、パッシブハウスは抱えていた。
寒冷地のドイツは、カナダと同様に冬期の暖房費だけが問題。
夏期は乾燥期で、直射日光が入らないように外側にブラインドさえつければ、相対湿度が50%以下と低いので冷房は不要。つまり、暖房負荷だけを考えておればよい。
関東以西の条件とは、根本的に異なる。
それに、ドイツをはじめヨーロッパの学会で大問題になっているのは冬期のダニ、カビ発生によるアトピー対策。
これに対して、パッシブハウス研究所の住宅は解決策を用意していなかった。
つまり、除加湿問題に無頓着すぎ。理論体系なし。

冬期が雨期のヨーロッパでは毎日が曇天か雨天と言ってよい。
湿度が高いのに全館暖房をするから、日本と異なり冬期にダニ、カビが大発生する。
15年前に、R-2000住宅の施主の弟さんで、ドイツで医師をやっている方からその実態の詳しい報告を受けていた。
ヨーロッパでは化学物質によるアトピーなどは完全に追放したが、ダニ、カビ問題は未だに解決策を用意出来ないでいる。
外壁が、全て透湿性のよい資材で構成しているので、ドイツの冬期のダニ、カビ問題の解決は容易なことではない。したがって、子どものいる家庭では、冬期のドイツのパッシブハウスはあまり奨められたものではない。
そして、ドイツのパッシブハウスをそのまま日本へ持ってくると、夏は大変に苦しまなければならなくなる。

つまり、森みわ女史のいたずらな「ドイツ讃歌」 には、少し距離を置いて考えるべきと思う。
しかし、閉塞感漂う日本の住宅業界に、何とかして躯体の省エネ化という基本的な命題で風穴を開けようとしている意欲と努力は、大いに多としたい。
しかし、どちらかというと設計事務所にウェイトがあり、あのグループの動きからパッシブハウスの産業化が可能かどうかは未知数。
まだ、始まったばかりで結論めいたことを言うことは慎むべきだろう。
しかし、年間数棟で良いから、パッシブハウス専門の地場ビルダーなり地場設計事務所が育ってこない限り、産業とは言えない。
試作棟の建設は誰にでも出来る。
産業化というのは、コンスタントな需要を背景に、消費者の手の届く価格での供給体制をそれぞれの地場で創り、継続的な顧客層を獲得し続けること。
しかも、単なる省エネ化という魅力ではなく、もっと感動的な魅力を消費者に感じてもらえる商品でなければならない。

だから、価格を含めたシステム化が非常に難しい!!

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