2012年05月20日

ブータンは何故幸福度が高いのか?  14年前の貴重な記録


昨年の秋、東日本大震災の後に初の国賓として来日したブータンの第五代ワンチュク国王。
新妻を伴っての訪日だったが、連れてきた僧侶によって福島で犠牲者の丁寧な法要を行い、雨の京都では住職にそっと傘をさしかけるなど、美形でありながら仏教国の国王らしい気遣いに、イギリスのロィヤル・ファミリーに劣らぬ人気だったとか…。
ワイドショーや女性週刊誌では大きく取り上げられていたという。
そんな世情に疎い無骨者。
知人の夫妻が、今年の新年はブータンで迎えるというニュースに接して、多くの人は「あの世界一の幸福度の高いブータンへゆくなんて、素敵な発想ね」 と讃えた。
第四代国王が、「GNPよりGNH (Gross National Happiness) を! 」と叫んだことは知っている。
そして、ネパールとともにチベットとインドに挟まれたヒマラヤの山中の国だという地理感覚は、持っていた。
ネパールについては椎名誠夫妻などの旅行出版物で情報入手はできたが、ブータンに関する出版物は見当たらなかった。

そこで、ネットで「ブータン王国旅行記」を開いてみると、あること あること。
ブータンの衣装が、「ゴ」 という日本のドテラにそっくりだということや、唐辛子の消費量が韓国なみに多いこと。 国技がアーチュリーであること。木造の大きな寺院建築、政府機関の建築に見るべきものがあり、首都の3階建木造住宅などの厖大な写真が羅列されている。
しかし、いずれも観光記に毛の生えた程度の断片的な情報。 こんな情報がいくら集めても、系統的な著書を読まないと幸福度の意味する内容が理解出来ない。
モヤモヤしている時、書店で下記の著書に巡り会えた。
岸本葉子著 「ブータンしあわせ旅ノート」 (角川文庫 590円+税)

P1050978.JPG

これは1999年にNTT出版から「ふわっとブータン、こんにちは」という題名で出版されていたもの。
しかし、どの図書館でもお目にかかれなかった。
著者がブータンを訪れたのは1998年の4月だから、14年前。
ただし、団体の観光ツアーではなく個人ツァーで、パロという空港の街やティンプーという首都だけでなく、車で曲がりくねった山道を1日がかりで約200キロを走り、中央より東のブムタン地方の民家や農家でホームスティをして、ブータン式のソバ打ちや夕食作りに参加している。
また、幼稚園から中学まで9学年のある学校を訪ね、校長から教育実態を教えてもらうと共に、2学年の教室で実習を参観している。
さらには、薬草病院、野菜市場、石風呂視察なども意欲的にコースに加えており、「何でも見てやろう」というという精神と事前の準備がよい。そこらの観光ツァーの安手のブログとは訳が違う。

14年前のことだから、テレビ放送がなく、電気の灯っている農家が少なかった。
しかし、そのころからこの国では、「子どもが遊んでいた」 という。
アジアの途上国では、一家の生計を立てるために過酷な労働を強いられている子どもが多い。
あるいはマーケットなどでは、必ず物乞いをする子どもの姿が見られた。中には野菜くずを漁る子どももおれば、カッパライして掴まり哀れな泣き声で旅情を台無しにされることもあった。
それなのに、当時のブータンの収入は日本の1/100なのに、働いている子どもは見かけなかったという。そういう意味でも、この14年前の旅ノートは示唆に富んでいる。

ブータンという国は、気候的に大きく3つに区分される。
標高が1200メートル未満の南部タライ平原。ここは長野県並の平原の多い山間地で、マラリアの蔓延する亜熱帯性気候。
国際空港のパロや首都ティンプーなど主要都市が西から東に並んでいるのが中部。ここは標高1200〜3000メートル。富士山並の高地と考えてよい。ここはモンスーン気候。
つまり、インドのような乾燥地ではなく、モンスーンによる乾期はあるが雨が多く、国土の70%がイトスギ、モミ、マツという針葉樹などの森に覆われている。低地はカシ、シイなどの照葉樹林で、水が豊富で水力発電が行われている。
著者が訪れたのがこの中部地帯で、第四代国王の指導で東西の主要都市を結ぶ幹線道路が60年代に造られ、80年代に舗装を終えていた。
そして、チベットに隣接する北部は標高3000メートル以上の山岳地帯で、ツンドラ気候。

ブータンの国土は九州とほぼ同じ面積で、人口は約70万人余。人口密度は九州の1/10。
20年前は森林70.1%、牧草4.6%、農地が2.2%。人口の90%が農林業なのに山が厳しくて牧草、農地とも至って少ない。それが、最近では森林67%、牧草9%、農地3%程度に増えているらしい。だが、峻険な山岳地帯であることには変わりがなく、農作物はコメ、ムギ、林業がGDPの35%を占めるだけ。
輸出は電力が最大で、あとは非鉄金属、金属製品、セメントなど。
14年前には電気の灯っていない農家が多かったが、インドへ電気を売り、変わりにインドからディーゼル、石油、ポリマー、コメなどを輸入している。
著者の観察によると、自国のコメだと最後まで焚くが、インド米は大量のお湯で焚き、途中でお湯を捨てて蒸らしている。それほど、インド米は信用されていないのだが、やむを得まい。

この標高2600メートルの国際空港に着陸する時の怖さや高地のため脚が重くて歩きづらいこと。
さらには200キロ東の村へ移動する道は全て日光のいろは坂ではないが、直線が一つもない。幹線道路だというのに曲がりくねっている。ガードレールもなく、ハンドルを切り間違えると谷底へ真っ逆さま。
「いろは坂」などという甘いものではなく、「いろはにほへとちりぬるを わかよたれそつねならむ うえのおくやまけふこえて あさきゆめみし坂…」 だという表現には思わず笑わさせられた。
そして、ホームスティの農家でブータン名物のソバ作りに挑戦。
洗面器にこねて丸めてあるソバの固まり。つなぎは小麦粉ではなくアワ、ヒエ類。それを水で混ぜる。
それを日本のように何回も押し均して打つのではなく、木製の手押しポンプのような機械の凹にこねた原料を入れて、2人がかりで凸を押して小さな穴からトコロテン式に麺を押し出す。
その麺を竈の鍋のお湯にくぐらせ、上げてよく水で洗うと緑色のソバが出来上がる。
洗面器にとった麺に唐辛子、塩、青ネギ、山椒の実をふりかけ、その上に熱々のスクランブルエッグをかけ、バターで洗面器の麺を良く和えるとスパイシーな「プタ」というブータンソバの出来上がり。
なかなかの美味しさで、ペロリと完食。

ただ、胃の調子が悪くなり、夜食前に便所へ駈け込む大騒動に笑ってしまう。
夜食はインド米。お湯を途中で捨てて蒸らしておいて、オカズにとりかかる。
干し肉をナタで叩いてダシをとり、青菜を入れ、味付けは潰した唐辛子と塩とモッツレアチーズのような自家製チーズ。
再び便所騒動を起こすことを心配してソロソロと食べ始めたが、美味しかったのでこれも完食しているからお見事。この体験談は大変に参考になる。

それよりも面白かったのはパロの近くのクルタン中学校訪問。校長先生は91年に日本を訪問して歓迎を受けたので、ウェル・カム。
ブータンの教育制度は、昔はお寺での読み書き程度だったが、68年から自国の教員養成ステムがスタート。クラス10を終了すると2年間の研修の後に小学校の先生になれた。さらにクラス12の修了者は3年間の研修であらゆる学校の先生になれる。
教科書は全部英語で書かれている。授業も英語。学校の費用は一切無料。
しかし、ブータンの低学年にとっては、この英語の教育というのは軌道にのるまではなかなかにハード。ツアコンのペマ君は、幼いころ両親が相次いで亡くなり、母の妹のおばさんに引き取られた。教育を受けないまま10才になり、4才年下の子供との勉強について行けず、恥ずかしくて泣き崩れたと言う。そこで、おばさんは先生に頼み込み、先生の家に下宿させてもらい、遊びもせずに勉強したので、なんとか優秀賞まで授与できた。

そして、この英語での教育は、大人にとっても大問題になってきている。
なにしろ、小学校で使うチョークや消しゴム、鉛筆、教科書は全部インド製。農業用機械のも全て輸入品で説明書は全て英語。単に子どもたちだけではなく、「大人の英語教育が大問題になってきています」 とは日本贔屓の校長先生の談。
全国民のクロ―パル化は、ブータンの方が日本より進んでいるかもしれない…。

ブータン国王は、いち早く王政から立憲君主制に切り替えるための準備を進め、王自らが議会制民主主義を国民に説いて回った。そして、08年には史上初の総選挙を実施している。そして、かつてテレビ放送のなかった国が、5チャンネル以上の情報のオープン化で、世界の情報に接することが出来るようになってきている。
しかし、ブータンはバンコクの人々のようにひたすらに欲望に取りつかれていない。物質至上主義から自らを守り、静かに生活している。
ツアコンのペマ君にしても運転手の知事の息子にしても、自国に対する愛情と高い信頼を寄せている。
ただ、それがこの14年間にどれだけ変化を遂げたのか。また、どれだけ変わっていないかを知りたいもの…。

近いうちに、著者が再度ブータンを訪れ、国民が感じている幸福度を教えてほしいもの。
それは、われわれ日本人にとっても意義深いことだと、この著書が教えてくれている。




posted by uno at 09:54| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。