2012年07月25日

椎名誠ものとしてはマジメで面白い「世界の水事情」


椎名 誠著「水惑星の旅」 (新潮選書 1100円+税)

水惑星.JPG

「椎名氏の著作はほとんど読んでいる」 と言っても誰も褒めてはくれない。
「よく、そんなヒマな時間がありますね」 と言われるのが関の山。 
実際のところ、氏の著作をいくら読んでも知識が身につくわけではなく、勉強になるわけでもない。
しかし、堅い本を読んだ後の息抜きの本としては、小泉武夫、東海林さだお、阿川佐和子、小沢昭一、蔵前仁一ものは、故人の米原万里、北杜夫ものとともに、絶対に外せない。
しかし、この中で小泉武夫、小沢昭一、北杜夫、米原万里さんなら「新潮選書」 に登壇することはあり得ると考えられるが、東海林さだお、阿川佐和子とともに、絶対にあり得ないと考えられた一人が椎名誠。

書店へ行くたびに、新潮選書のコーナーは必ずチェックしてきた。
この著書は一年前に出版されていた。私が毎週のように大きな書店を訪れていた時期。
それなのに、この著作は完全に見落としていた。
間違っても椎名氏が新潮選書に取り上げられるとは考えていなかったので、「水惑星の旅」という題名を読んでも、そのまま見過ごしたのだろう。
この著書は、椎名氏が一人で書いたものではない。
それぞれ別の会社の編集部に在籍している今泉政俊、齊藤海仁氏と筆者の3人が、4年間の取材をもとに骨格をまとめ、そのまとめられた骨格を、椎名氏の独自の軽快な語り口で文章化したもの。
そして、参考文献として挙げている本は、なんと40冊にも及ぶ。

したがって、今までの椎名ものとは出来が違う。
科学ものとは言えないが、安心して読める。
資料を集め過ぎて、自宅で雨水利用と言うくだらない実験をやっているのはお笑いだが、これはご愛敬のうち。
椎名氏の世界各地を回った体験談が見事に生きている。
また、水資源を確保するために匿名の外国人による日本の山林が買い占められている実態報告などは、楽しみながら問題の根源に迫れてよい。

筆者がまず指摘しているのは、日本の川と外国の川の違い。
日本には実に3万5000本の川が流れている。これはすべて自国の川だから多少農薬汚水を流そうが、工場排水を流そうが、それほど気にする必要がなかった。このため、政治家と建設省とゼネコンとの餌食にされてきた。
コンクリートで川岸を固められ、不必要なダムを沢山つくってきた。
これが国際河川だと、下流へカドミニウムなどを流せば国際問題になり、場合によっては戦争になる。
現に河川の過剰利用や汚染、水の所有権と分配をめぐって、紛争の原因になっている河が、世界になんと多いことか。

筆者はメコン川の上流から河口のデルタ地帯まで下がってきた経験がある。
この流域に住む人々は、すべてこの川の水を飲み、川から魚などの獲物を得て生きてきた。
半島そのものが、メコン文化圏と言える。
たしかにラオスあたりまでは水の濁りが少ないが、下流に行くに従って水はズンズン濁り、水質も悪くなる。けれども全ての人々はその水を飲んでいる。
カンボジアにトンレサップというメコンの流域に出来た大きな湖がある。雨期には東京都と同じぐらいの広さになる。 その湖に25万人の水上生活者が暮らしている。
その一つの家を訪ねた時、奥さんがベトナム式のコーヒーを出してくれた。泥臭い臭いがしたのは、高床式の家からバケツで掬い上げたなまず養殖場の水そのもので、同じ高床式トイレから落ちる人の排出物に、なまずが群がっているのが見えた。

今、地球にどれくらいの量の水が存在しているかというと、14億立方キロメートルだという。
しかし、そう言われてもピンとこない。
地球が直径1メートル(100センチ)の球だったとしたら、地球の表面は2畳ほどの広さにすぎない。
そのうち1畳半が海で覆われている。しかし、海の深さは平均で0.3ミリほどしかない。その海水を全部集めてもビールの大瓶1本分の677ccでしかない。 このビール大瓶1本が14億立方キロメートルということ。
淡水はわずか17ccで、12ccは氷河などとして氷結しており、飲み水として使えるのはわずか5cc。スプーン一杯に過ぎない。
1995年には人口が60億人近くなり、世界の水使用量は約3.5兆億立方メートルだった。
これが2025年には人口が80億人となり、水使用量は1.4倍に増えて約5兆億立方メートルになるという。その水事情をどうしたら良いかと考えると、先ほどのビール大瓶の海水を如何に淡水化して利用して行くしかない、 と著者は結論づけている。

そこで、海水を淡水化する技術を追いかけている。
誰にでも考えられるのが蒸留法。 完遂を沸騰させ、蒸発した真水を使う方法。
これは原理的には簡単だが、燃料費が厖大なものになり、石油成金国家しか採用出来ない。
もう1つ誰もが知っているのは冷凍法。 南極の氷が真水であるように、海水を凍結させると氷という真水が得られる。筆者は、パタゴニアに旅した時、チリ海軍の軍艦で南極の手前の島々を目指したことがある。その時、大量の氷河のカケラが船に持ち込まれた。その氷で割ったウイスキーや淹れたコーヒーの美味かったこと。 
しかし、高温の海水を凍結させるには、蒸留以上の燃費がかかり、実用的ではない。
このほかに、イオン交換樹脂法とか電気透析法があるが、濃い海水の淡水化にはコスト高になるので向いてなく、淡水の純度を高めるのにしか使っていないらしい。

3人の取材チームが注目したのは「逆浸透膜法」というシステム。
半透湿膜を容器の真ん中に置き、片方に真水を入れ、片方に海水を入れておくと、真水はどんどん海水の方へいってしまう。しかし、海水の方に圧力をかけると、今度は海水から塩分を取り除いた水が真水側へ移行する。
これが、逆浸透膜法の原理。
この原理に基づき安定した高分子膜で作ったのか RO膜。
この技術はアメリカで開発されたが、実用化したのは日本の東レ、日東電工、東洋紡とダウ・ケミカルの4社。 そのトップメーカーが東レなので、同社の事業部長を3人は取材している。
まず、RO膜の仕組み。 膜で濾過するのではない。溶解・拡散の現象を利用している。
簡単に言うならばアミの目の大きさで海水のイオンは現実には通っている。けれども圧力水とイオンでは膜をとおるスピードが違う。塩分が通過する前に水分だけ採取して淡水を得ている。
そのRO膜のカットモデルが置かれていたが、長さが1メートルで直径20センチの円筒状。
素材はポリエステルの不織布。この上にポリスルホンという45マイクロメートルと言う薄い支持層を挟み、さらに0.2マイクロメートルという極薄のポリアミドの膜を張る。
このポリアミドがRO膜の能力を決めると言う。 各地の実態に合わせて調節して設置。
カットモデルの価格は5万円ほど。しかし、この膜だけで淡水化が得られるわけではない。膜は心臓部で、前後に水路のパイプやポンプなどのシステムが必要。
ただし海水の分離には熱や電力をあまり使わないので、エネルギー消費量が少なく、水不足を補うには最有力の装置。

カットモデルで1分間に2リットル、日に約3トンの淡水が得られると言う。
日本人の一人当たりの水の消費量は約250リットル。ということは、1メートル×20センチの円筒一本で、12人分の水が得られる勘定。
その話を聞いて、いろんな島を訪れた時に雨水以外に飲み水がなかったことを思い出した。
聞いたら松山・高浜港から連絡船が出ている瀬戸内海の釣島。この島で2002年から東レの淡水化装置が稼働を開始し、慢性的な水飢饉から解放されたという。
早速、東レの事業部長に案内してもらって、3人は釣島を取材している。
釣島はミカンと漁業で100人ほどが住んでいる。
漁港が1つで、集落を見下ろせる少し高い斜面にその施設はあった。大きさは普通の住宅1戸分。中には数本のRO膜を備えた装置があり、ブーンという静かな音で稼働中。
その施設の直下に直径5メートル、深さ6メートルの取水槽がある。30メートルほど離れたところが海で、30メートルの間に直径5センチの穴が沢山あいている3本のパイプで海水を取水している。
穴が沢山あいているのは、地中の湧水を一緒に取水するため。
この湧水の取水で塩化濃度が半分になり、コストが大きく軽減されている。
得られる淡水は30立方メートル/日。
しかし、島民の1日平均の給水量は100リットルと、1/3程度。長年の節水意識が染みついているせいだろう。
そして、島民10人によるかつての苦労話や、新しい装置に対する驚きと感謝の発言には身につまされるものがある。

このほか、泥水が飲み水に変わるシステムや、し尿やゴミから飲料水を作る話。日本の水道水の塩素崇拝主義の原因や人体と言う水袋の不思議。コンクリートのダムがもたらす弊害とダムで道が出来たことによる産業廃棄物の被害の拡大。そして、何よりも日本の山林が匿名の外国資本によって買われている事実。あるいはウォータービジネスの暗躍など、多面的に水の重大さを知らしめてくれる。

本来は難解な話を、面白く読ませてくれるところに、この著書の意義がある。


posted by uno at 06:35| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。