2012年09月30日

魁夷が描いたドイツの建築風景と同じアングルの場所を探す旅


松本猛著 「東山魁夷と旅するドイツ オーストリア」 (日経出版社 2300円+税)

魁夷の表紙.jpg
私のような民間住宅人が、絵や音楽の話をしても誰も相手にしてくれない。
「柄にもない !」 と言われるのがオチ。
私は、決して東山魁夷のことを書こうなどとは考えていない。
1999年に90才で大往生を遂げた魁夷。
13年前に死んだ東山魁夷と、一体どうしてドイツ オーストリアを旅しょうというのか ?
その題名の不思議さと、掲載されているドイツやオーストリアの古い中層住宅の魅力に惹かれてこの本を衝動買い。

著者は、いわさきちひろの長男。1997年に安曇野ちひろ美術館を設立して館長になるとともに、2002年には信濃美術館・東山魁夷館の館長として数年間勤めた。
この魁夷美術館は、「私を育ててくれた故郷への恩返し」として、魁夷が生前に数多くの作品を寄贈して1990年に開館したもの。
その収蔵作品は960余点にも及び、世界最大の魁夷コレクション。
ご存じのように、魁夷の絵は山や樹木、湖など美しい自然を描いた幻想的な作品が多い。
しかし、若い頃にドイツのハイデルベルグへ留学していたこともあって、1969年に夫人を連れて4ヶ月間にわたってドイツ、オーストリアを旅している。この旅では、もちろん魁夷らしい湖畔などの風景作品も多いが、家並みや木造住宅の一部を描写した多くの作品をものにしている。

館長としてそれらの絵に接触していた著者は、魁夷夫妻の旅行の後を辿り、それぞれの絵がどのアングルで描かれたかを調べ、特定したいと思い立った。
もちろん、有名な城とか橋などの建造物なら特定するのは容易。
しかし、町並みの一部とか、建造物の一部、窓からの風景、とある居酒屋、あるいは看板の絵となると、特定が非常に難しい。
しかし、著者は2009年と2011年の2度に亘ってドイツとオーストリアを訪ね、ロマンチック街道、エリカ街道、古城街道をはじめ、ライン川、ドナウ川など31都市を訪ね、なんと50点もの描かれた絵とそっくりのアングルと構図の写真をものにしている。
魁夷と一緒に旅をしているのだったら、描かれた対象は一目。
そうではなく、死後10年以上も経っている。 魁夷がそれぞれの街で何に感動し、何をモチーフに絵を描いたかを追い続けるという旅など、私のような凡人には思いもつかないもの・・・。
それだけに、いろんな発見があり、想像もしなかった偶然に巡り会っている。
探し当てた50点の全てを紹介することはとても出来ない。建築絡みで私が面白いと感じた6点だけに絞って紹介したい。

《塔の影》 1971年作
筆者は、ロマンチック街道のローテンブルグという街から追跡を開始している。
そして、まず街で一番高い見晴らしが得られる市庁舎の塔へ登っている。
魁夷は新しい街につくと、一番高い所に登り、街全体を鳥瞰しておおよその基礎知識を得た上で、これはというところを散策して絵の対象を選んでいる。 その特徴的な動きを著者は熟知。
そして市庁舎の塔から四周を展望すると、望遠レンズの先に有名な「赤い屋根」と同じ構図があるのを発見!  魁夷はカメラマンとしても腕が確かだった。望遠レンズで撮った写真の、一部黒ずんだ屋根もすべて赤い屋根に脚色して1971年に「赤い屋根」と題して発表している。 この作品と写真の紹介は省略するが、私的には写真の方が絵よりもはるかに建築的な魅力を感じた。
そして、塔から降りようとした時、下の「塔の影」と同じ構図を発見している。(上が絵で下が写真)

塔の影.JPG

塔の影写真.JPG

絵の左側にある建物は市議宴会館。そして右の建物の壁に映っている塔の影は、手前左端の青銅で葺かれた塔の影のように見える。写真の方が青銅葺きだということがはっきり分かる。
とすれば、かなり陽が落ちた夕方ということになる。ところが市議宴会館の時計は午前10時20分を指しているし、もし夕方だったら塔だけでなく市議宴会館そのものの大きな影が 壁に映っていなければならない。それが無いので謎とされてきた。

影の実態.JPG

ところが、上の写真がその謎を解いている。実は市議宴会館の屋根の上に大きな塔が載っており、その塔の影だったのだ。これだと午前10時20分とピッタリ符号。名画に潜む謎が解かれた証拠写真。

《穀倉》 1969年作
ローテンブルグから40キロばかり南下したディンケルスビュールという町は、魁夷に言わせると「静かに、当てもなく散歩するにふさわしい詩情あふれる小さな町」となる。
そこで、魁夷は「穀倉」という作品を残している。

穀倉.JPG

建築的に言うならば、イギリス調の「ハーフテンバー」に分類出来るスタイル。現しの大きな梁に、垂直に配された太い柱以外にも、スジカイを兼ねてXに入れられている。
この絵だけを見ると、地震のないドイツでいくら穀倉とは言え、梁と柱が大きすぎて納得が出来ない。低層建築で、なぜこれほどまでに重装備をする必要があったのか?
ところが筆者の写真で、これがドイツに多い木骨土壁造の6階建ての2階と3階部分だけを画家が勝手に抜き取って描いたものだということが初めて分かった。

穀倉の全体.JPG

そして、数多く現存する木骨土壁造の中から、よくもこの建築物を特定できたものだと感心させられる。

《ツェレの家》  1971年作
この作品は、ドイツ最北に位置するエリカ街道の南端に近いツェレという街で描かれたもの。

ツェレの家.JPG

私は3度ドイツを訪れているが、ベルリン以外の北の街は訪れたことがない。このツェレは「北ドイツの真珠」と呼ばれる町で、16、17世紀の童話の世界のような家々が並んでいるという。木組みを壁の外に出し、その木にカラフルな装飾を施しているのが特徴。
ドイツをはじめヨーロッパ各国のすごいところは、町並み保存思想が市民に行きわたっていて、外観は窓一つ変えてはならない。「古い建物のない町は、思い出のない人間と同じだ」 という哲学で、古い美しい町並みが保存されている。
したがって、10年経っても50年経っても、ツェレの町を訪れると、魁夷のツェレの家に出会うことが出来る。しかし、魁夷の絵に良く似た古くて美しい家が数多くて、著者は歩き回ったがなかなか特定出来なかったという。

ツェレの実物.JPG

やっと見付けたのが上の写真の6階建て木骨土壁造。
この2階、3階、4階の一部を拡大すれば、絵と同じ構図になる。 是非とも訪れてみたい町。

《緑のハイデルベルク》  1971年作

緑のハイデルベルク.JPG

ハイデルベルクは1386年に早くも大学が設立され、現在でも市民の1/5は学生。日本の京都のように美しい町で、第二次大戦でも連合軍はこの町を爆撃しなかった。
「ネッカー川にかかる橋と山の中腹に見える古城。ハイデルベルクで学んだ私には、この町は青春そのもの。したがって緑の色調で私はハイデルベルクを描いた」 と魁夷は書いている。

緑の実態.JPG

しかし、著者の同じアングルからの写真だと、中央の緑の量が絵の半分もない。
これは、緑 (青春) を強調するために川畔からの構図にも関わらず、上の「哲学者の道」から見た緑の風景を魁夷が合作したものらしい。 意図的に偽装を凝らした風景画。

ハイデルベルク対岸の美しい住宅.JPG

4年前、調湿シートのインテロ社を訪問するため、私もハイデルベルクを訪れた。 
そして中腹の古城からネッカー川の対岸当たる場所に、上の写真のような美しい住宅群を発見した。急遽、古城巡りを断って一人で住宅の姿を撮り続けた。 同じ場所をナカジマホームの松岡社長も撮影して、「世界基準の家づくり」という自著の表紙に使っている。
この美しい洋風の家々を撮る目的だけでも、住宅人はハイデルベルクを訪れる価値がある。

《静かな町》  1971年作
ハイデルベルクから東に30キロほどのネッカー川沿いにあるバート・ヴィントフェン町。
「静かな町」に描かれたハーフテンバーの町並みがどこにあるかがさっぱりわからない。町の人にいろいろ聞いたら、やっと青い塔の上からの風景だということが分かった。
青い塔に独りで住んでいる青年からチケットを買い、塔の回路へ出ると、ネッカー川の向こうに拡がる雄大な景色に著者は目を奪われたという。そして、魁夷は何気ない路地を見付けて望遠レンズで写真を撮り、後日絵にしたものだということが判明した。

静かな町.JPG

この絵も、屋根が全部赤で、壁はどちらかというと黄色い。

静かな町写真.JPG

ところが写真で見ると屋根は黒ずんでおり、壁はどこまでも白く、いずれも5階建でのハーフテンバーを建築的に引き立ている。 魁夷には悪いが、私はこの構図でも写真の方が遥かに魅力を覚える。建築に溺れて、絵画的センスの無さを認めるしかない。

《居酒屋》  1969年作
ドナウ川のウイーンに近いデユルンシュタインという小さな町。ここは白ブドウの産地として有名。
町といっても端から端まで歩いて10分程度。簡単に居酒屋が見つかると思ったが酒屋の印の看板がいくら探しても見当たらない。
西のはずれまで来て、諦めようとした時に駐車場に車が停まっている目立たない住宅が気になった。居酒屋ではなく壁の色も扉の色も違う。しかし、地面から伸びているツタの2本の茎が決め手になった。(上が絵で、下が写真)

居酒屋.JPG

居酒屋廃業.JPG

居酒屋は住宅になっていた。
しかし、外観に手をつけられない条例と人々の長い習慣が、ヨーロッパでは町並みと絵の題材を守ってくれている。 余りにも変わり過ぎる東京都心の風景を思い出すと、考えさせられる作品。




























posted by uno at 05:53| Comment(0) | 書評(建築・住宅) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。