2012年12月05日

子供の絵本で、こんなに面白い講演集があったとは…


椎名 誠著 「絵本たんけん隊」 (角川文庫 743円+税)

絵本探検隊.JPG

椎名誠の著書は、ほとんど読んでいる。
読んだからといって、省エネ住宅の参考になる訳ではなく、新しい知識が身に付くわけでもない。
ただ、テレビを見ているよりは気が休まり、楽しくなってくる。したがって、東海林さだお、阿川佐和子などとともに、気分転換や息抜きには絶好のおつまみ的な存在。

つい10日前に、角川文庫から上記の著書が出版された。
今まで聞いたこともなかった著書で、いきなり角川文庫から出版されたのかと思った。
そうではなかった。
今から10年以上前に、著者は東京・表参道にあるユニオン教会で、4年間に11回に亘って表記の題で講演を行っている。
礼拝の時に牧師さんが座るステンドガラスの前のイスに腰を掛け、毎回300人ほどの聴衆を前に講演をした。この講演で、著者が取り上げた絵本はなんと約200冊にもおよぶ。
私などは、絵本というと子供の時に何冊か読んだだけで、大人になってからはほとんど読んだことがない。それを、200冊も読みこなしたというから、脱帽。
その講演内容を、クレヨンハウスから出版されていた。その時の定価が2625円+税と豪華本。
そのせいか、どの図書館にも置いてなかった。
その11回の講演の中で、私が気に入った箇所だけを摘み上げて紹介したい。

第1話  どこかにひそむこわいもの。
子供に話をせかされた時、子ともが喜んで強い反応を見せるのはちょっとこわい話。
電気がなかったランプの昔の部屋の隅は暗くて怖く、ヨーロッパでは地下室が怖いところだった。薄暗いところでは、ほんのちょっとしたことでも怖さを呼んだ。
しかし、最近は蛍光灯がコウコウと輝いていて、怖いところは家の中からなくなった。
著者の友人の沢野ひとしが絵本の出版社に勤めていた関係と、奥さんが保母さんだったということで、著者の家には絵本が一杯あった。
本人も子供が小さな頃はそれほど忙しくなく、時間が一杯あった。このため二人の子供にせがまれるとイソイソと絵本を読んでやっていたという。
絵本が、ことのほか好きだったらしい。とくに文字の無い絵だけの本に興味を持っている。
カメラをいじり、後に映画を製作するようになる映像感覚の高さが伺える。

そんなある日、沢野ひろしと弁護士の木村晋介の3人で伊豆へ遊びにゆくことになった。
いつも怪しい探検隊と称して遊び歩いていたものだから、徒党を組んだ奥さん連中から、「たまには子供を連れて行きなさいよ」 と強要された。
いずれもチビばかり。これではテント泊まりというわけにもゆかず、民宿に予約を入れた。そしたら、民宿だと安全だということで、従兄弟とかなんとかとチビが増えて、都合10人を連れて行く破目になった。
食後3人の大人は酒を呑んでいたが、チビどもは興奮して暴れ回る。あまり興奮すると眠れなくなるので隣の部屋に集めて、「絵本を読んで上げる」 と言ったらおとなしくなった。
本人は、毎晩のように子供に絵本を読んでいるので手なれたもの。子供を喜ばす読み方のコツを体得していた。持参した3冊を読み終えたら交代するつもりだった。ところが、隣の部屋のフスマが静かに開いて、沢野や木村が持参した絵本が10冊ほど滑りこませてくる。
「クソッ」と思ったが、根が絵本を読むことが好きだったので、全部を読み終えて10人のチビどもは大騒ぎをさせずに寝かせたと言う。
こうした得手が著者にあったとは意外。 
したがって、絵本作家でもないのに11回の講演を見事にこなしている。

第2話  どこでも住めるよ。
ぼくの本棚の中の宝物級の1冊に、「5つの王国  Five Kingdoms」 がある。
これは専門家が読む本で、地球上の生物は5つに分類される。
(1)はモネラ界 (2)は原生生物界 (3)は菌界 (4)は動物界 (5)は植物界。
地球上に生きる何千億という生物は、この5つに分類されている。モネラ界というのはバクテリアを中心とした生き物で、16部門にわかれているが、アフラグマバクテリア門とか窒素固定好気性細菌門などという珍しい部門がある。
原生生物界には渦鞭毛虫門とか有軸仮足虫門など、ぼくが好む魅力的な生物がいる。
動物界にも紐形動物門とか腕足動物門など、魅力的な生物がウヨウヨいる。実際の写真や詳細な図が掲載されており、一目見ただけで500メートルも後ずさりしたくなる気味悪いものもいる。
安手の映画に出てくるエイリアンなどは漫画程度のもの。その数十倍も奇妙なの生物に圧倒される。そして、驚くことにはそういった想像を絶する姿の生物が、それぞれに快適な場を見つけて、棲んでいるという事実。

第3話  小さなだいじなこのなか。
保育園などで子供の話を聞いていると、女の子も男の子も「お尻」に大変な興味を持っている。食べること以上に、オシッコやウンチに関心が高い。そのウンチやオシッコに関しては、沢山の絵本がある。ウンチが出てくる絵本は楽しい。
ぼくの息子が子供のときにこんなことを言いた。
「おとう。ウンチをさ、よぉ我慢して我慢して我慢して、走ると出ちゃうからソロソロと我慢をして家に帰ってきて、便所へ入った時の気持ちの良かったこと…」。
こいつは、素直でいい奴だとぼくは思った。
そうじゃないですか。それを素直に言えるのはやはり子供だけなのですね。大人は、グルメとかなんとかカッコをつけて食べることしか言わない。ウンチの話は、はしたないと考えている。その点、絵本にはいいものがありますよ。

第4話  食べる話。
食べる絵本で、最初に頭に浮かんできたのは「おむすび コロリン」。
子供のころにこの話を聞いた時、おむすびがコロコロころがってしまうと土やゴミがついてしまって食べられなくなる。だとしたら、そんなにおむすびを追いかける必要がないのではないかという疑問が頭から離れなかった。
そして、転がって行ったおむすびが、ネズミの穴に入る。そこでおじいさんが 「おいおい」とネズミに向かって呼び掛けることまでは納得できた。しかし、おじいさんが出てきたネズミに手を引かれて穴に入るところで分からなくなった。おじいさんがどうしてネズミの小さな穴に入れることが出来たのかと言う疑問。
穴がよほど大きかったか、それともおじいさんが小人だったのか…。
さらに分からないのは、そのおむすびをネズミが食べ、美味しかったからとお礼にお餅をついておじいさんに食べさせる。お餅があるのなら、おむすびよりも美味しいはず。ぼくの子供の頃は、お餅はハレのお供えもので、おむすびよりは偉かった。
ところが、最近になってネズミのお餅はもち米の餅ではなく、もしかしたらトチかドングリの餅だったかもしれないと考えるようになった。
とすれば、土が付いていようがゴミがついていようが、おむすびの方が美味しかったのだろうというふうに理解出来る。
また、本を読んでネズミが沢山いる蔵は、いい物が入っている良い蔵。ネズミは神様や仏様に近いくらいに神聖な動物として考えられていた時代があったことも分かった。
つまり、一つの絵本は単に子供の時の疑問にとどまらず、大人の疑問としても40年以上持ち続けられた。そこに、絵本の偉さがあると思う。

第5話  ともだちの話。
ぼくは人生で一番大事なものは友達だと、ずっと意識してきた。親や兄弟よりも友達の方がいろいろ教えてくれるし、相談に乗ってくれる。
よく、恩師とか先輩から教えを乞うたと言われるが、ぼくの場合はいろんなことを教えてくれたのは先生ではなく、全て 友達。
ぼくの息子は、ぼくのような親に育てられたので、当然のこととして勉強をしない青少年時代を過ごした。彼は高校生になると、予想どおり耳にピアスをつけ、髪を真っ茶 に染めた。ぼくはそういうのは大嫌いだから怒った。ところがかみさんは太っ腹で怒らない。
「そんなふうに髪を染めることが出来るのも今しかない。社会に出るとそんな恰好はしておれない。今しか出来ないのだから、やらせておけば…」と柳に風。
たしかに言われた通りで、3ヶ月ぐらいで黒い髪に戻った。
そんな、いい加減な青少年時代を送った息子だが、友達は大切にしている。今でも助けたり、助けられたりして忙しい。
友だちの絵本には名作がある。「エルマーとりゅう」は息子が大好きだった。
何度も何度も読んで聞かせた「もりのへなそうる」が、今でも彼の本箱にある。
また、動物と心を通わせるということも子供にとっては大切。
娘には「ボタンのくに」を千回ぐらい読んだ。「あおくんときいろちゃん」も記憶に深い。「わたしとあそんで」も大変に良かった。

第6話  生きているから笑うんだ。
ぼくの友だちが20才の時に自動車事故を起こして、小さい子を轢いてしまった。幸い命は助かったが大怪我をさせ身体障害者にしまった。彼は自責の念にかられ、大学ノート一冊分に自分の無念さを書き込み、親が外出している時に自分の部屋で好きな音楽をガンガンかけ、一升近い酒を飲んで梁からロープを吊るして自殺してしまった。
彼のノートを読んだら、本当は死にたくない。だが、死を選ばねばならない悔しさがメンメンと書かれている。酒の勢いを借りているから、最後は字が乱れてきている。生きると言う未練深い執着心を残したまま命を絶った。
そのノートを読んで、ぼくは最近のいじめによる自殺を美化している新聞記事に対して、こころからの怒りを覚えている。
根本にあるのは学校教育におけるガンバレイズムだと思う。日本では、何でも頑張れ、頑張れ、頑張れという。これがある限りは落ちこぼれが必然的に出てくる。
ぼくの子供が本当にいじめられていたら、たとえ1年や2年は学校を放棄させてもよいと思う。人生の一時的な小さい世界で苦しまなくても、別な方法がいくらでもある。だから命を絶つ必要はない。
それなのに、腹立たしいのは報道の仕方。
「おとうさん、お母さん。先立つ不孝をお許しください」などという理路整然とした遺書を載せ、死を美化している。これを読んだ、明日にでも死んで楽になりたいと考えている多くのいじめられっ子は、死を選んでしまう。ぼくの友だちのように死にたくないともがいていない。
生きることの尊さを知らずに、簡単に死を選ぶ日本の情けない風潮。
おじいちゃんやおばあちゃんの死。
あるいは犬や小鳥などかわいい動物の死。
そういった実例や絵本から死の尊厳と活きる喜び学び、生きて続けて欲しい。

このあと、第7話 はしる、とぶ、もぐる。  
第8話 水の中のあやしいやつら。  
第9話 たんけん隊はたいへんだ。  
第10話 ページをめくる夢の時間。  
第11話 ずっと話して、ずっと考えてきたこと。 
と続くのだが、残念ながら紙数が尽きた。

多くの人々は、私と同様に会社人間、仕事人間で、子供の絵本などに目を向けた人は少ないと思う。
そういった反省を込めてこの本を読むと、普段の印象とは全く違った椎名誠像が現れ、新しい発見が一杯転がっている。




posted by uno at 07:54| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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