2012年12月20日

小説としてはダメ。 だが上海住宅事情ルポとしては一読の価値。


六 六 著 「上海、かたつむりの家」 (プレジデント社 1900円+税)

かたつむり写真.JPG

日経新聞の書評欄にこの本が取り上げられていた。
単なる書評だったら、わざわざ買いに行こうとは考えなかった。
この本がテレビ化され、北京で放映され、大好評を博した。当然、首都でヒットしたテレビドラマは、中国全土のテレビ局に売られ、順次放映される。
このドラマが、上海東方衛生テレビが放送を開始したと思ったら、たった一週間で放映中止になった。
放送が中止になった理由の説明は、一切なし。
書評家は、このドラマがあまりにも中国の住宅事情や、官僚のワイロ行政の様子をリアルに書いているので、当局の手によって放映差止め措置が取られたのだろうと書いていた。

さて、こうなれば住宅に携わる人間として、なんとしてでも読まねばならない。
小説としての良し悪しは何にも書かれていなかった。
「当局から放映中止の命令が出されるほど、現代中国の住宅事情に深くメスが入った優れた作品に違いない。この小説は見逃せない」 と、おっちょこちょいの私は考え、紀伊国屋書店へ走った。

この小説の主人公は、大学を出て大都市の戸籍を持った幼い男の子ホワンホワンの母親・海萍とその夫の蘇淳。
それと海萍の妹の海藻。 その海藻を若い恋人から奪いとり、妾のように飼い慣らしている高級官僚の宋思明の4人。

海萍が住んでいるのは10u (3坪、6帖) という、それこそかたつむりの家。もちろん、台所、トイレが共同という 古ぼけた安アパート。家賃は月650元 (約8450円)。
この小さな安アパートを独身時代の海萍は借りていた。もちろん一時的なはずだった。
ところが蘇淳と結婚し、転職もし、出産もここでして 5年間も住みつくことになろうとは考えていなかった。
3年前、海萍が妊娠5ヶ月に入った時、夫婦は不動産購入計画を立て、上海市内の中古物件を見て回ったことがある。
海萍の年収は4.2万元 (約55万円)。夜中の2時まで勉強した大学出の年収がこの程度。
田舎へ行けば、広い家が安く手に入る。しかし、大卒の資格でやっと手に入れた大都市戸籍は50万元 (650万円) はする。 したがって、どんなに苦しくても二人はこの戸籍を失うことは絶対にしたくないと考えている。
夫の蘇淳は世界でもトップ500にランクインする船舶会社の技術屋で、年収は7万元 (約91万円)。 しかし、若い夫婦の手元には4万元 (約52万円) の貯金しかなかった。双方の実家から援助金を得たにしても、二人が買えるのは小さな中古物件しかなかった。しかも市内ではなく、上海郊外で…。

初めて見た家は90年代の初期に建てられた古くさい感じの設計。
台所、トイレ、2つの寝室のいずれもがドアはリビングに向かって開いている。つまり、リビングは廊下替わりで家具どころかパソコンも テレビも置く場所がない。もっとましな家を夢見ていた海萍は、こんな築10年の住宅が30万元 (約390万円) もすることに狂っているとしか考えられず、「買いません」と即座に断った。それが、3年後の今では3倍以上の100万元はしている。当時は住宅価格の狂乱時代がくることを海萍は予想出来ず、不労所得の権利を自ら放棄してしまった。
しかし、いくつかの物件を下見している間に、二人は経験を積んでいった。
そして、ある物件で4万元 (約52万円) を上乗せすることで権利を獲得した。
「ついに勝利のカードを得た。これで私も資産階級の一員になれた」 と海萍は嬉しくなった。
4000元 (5万2000円) の手付金を払った時、最初に見た家よりも狭いことが悔やまれた。しかし、海萍のお腹は気球のように大きくふくらんでいて、もう他を当たることは出来なかった。
しかし、まさかという事態が生じた。
手付金を払った3日後に、家主から、「申し訳ないけど、手付金は500元上乗せしてお返しするからキャンセルしてほしい」 という電話が入った。2万5000元上乗せする買い手が現れたのである。
海萍は電話で言った。
「いいですよ。あんなあばら家で、家主が信用できないということだと、こちらからお断りします。ほほほほ…。実は実家の親が生まれる子に別荘を買ってやれと、現金を送ってくれたのです。こちらからお断りしょうと思っていたところです…」

生まれたホワンホワンは、海萍の生活を混乱に陥れた。 望んだ子供だったが、ここまでお金がかかるとは思わなかった。赤ん坊の食費は大人の二人よりも多くかかった。輸入品の粉ミルクは1缶100元以上するし、紙オムツも100元以上。
預金通帳上に描かれていた家の青写真は、1u、1uと消えて無くなって行く。
しかも、産後の手伝いで実家の母親がきてくれていたので、狭い部屋は一層狭くなった。実家の母親と新しいママは幼児を抱いてベッドで寝る。夫は床に布団を敷いて寝る。赤ん坊は3時間ごとに泣きだす。
オムツの臭いと大人の汗の臭い。子供の泣き声と大人の怒声。
とても6帖の家の中にいるわけにはゆかない。
そして、赤ん坊が生まれて3ヶ月たったとき、海萍は家族に宣言した。
「仕事に戻ることにする。お金を稼いでこの狭い家から抜けださないと、生きてゆけない。 お母さん。ホワンホワンを家に連れて帰って、しばらく面倒をみてくれない?」

倹約、倹約、倹約…。
これが海萍の生活目標になった。
子供が去ったばかりの頃は、海萍は夜9時になると電話した。しかし、市外電話の請求書を見て、夫が「こんなに電話をかけていたら、直ぐ数uがなくなるよ」 といった。
変わりにビデオカメラを買い、母親にパソコンを買って送れば、と考えた。
「パソコンの回線代も高い。長く使うと都度1u。それよりもミルク代を送れば…」と夫に言われると海萍は涙すら出なくなった。

不動産価格は3段跳びで高くなってゆく。貯金通帳が増える速度に比べて、住宅の価格の上昇速度は速すぎる。永遠に追いつかないだけではなく、ますますその距離が大きく開いてゆく。
年に二回の実家訪問で、このままではホワンホワンは完全に自分から離れて行くということを海萍は実感した。
「何が何でも家を買うことを決めました。貴方は私の言う通りにしてくれればいいわ。 価格はだいたい80万元 (1040万円) 。頭金を20%として16万元。貯金と積立金は8万元しかないから、あと8万元を借りなければならない。貴方の任務は、親から4万元借りて下さい。 私は親から2万元と、妹の結婚資金から2万元を借ります」

蘇淳の親は、4万元を用意できる状態ではないことを蘇淳は知っていた。
そこで、蘇淳は取引先から仕事を受けて、アルバイトを始めた。そして、1万元単位で海萍にカネを渡した。 ところが、この行為が守秘義務を逸脱した行為だと公安局に逮捕され、蘇淳は牢屋へぶち込まれてしまった。再起が不可能なような事件が起きてしまった。
それだけではない。会社は損失金として2400万元 (3120万円) の請求訴訟を起こしていた。

一方、妹の海藻は、「姉のためなら死んでもよい」 と言うほどの覚悟を持っていた。
それは、海藻の命は海萍によって与えられたものだったから。
それは、中国が一人っ子政策を厳格に実行していた時代。 両親は避妊リンクを使っていたのだが、想定外の妊娠を親が知ったのは4ヶ月を過ぎてから。当然、堕すしかなかった。しかし、海萍が弟の誕生を強く望んだ。処置が手遅れとなり、父親の月収は2等級下がり、母親は昇級資格を5年間失った結果として生まれてきたのが男の子ではなく海藻。 両親は泣いた。
しかし、海萍だけは妹の誕生を喜び、可愛がって勉強を見てくれ、食事の面倒を見た上で、夜は添え寝をしてくれた。
このため、海藻は、「お姉ちゃんのためなら心臓をあげてもよい」 とまで考えていた。
その姉から、「結婚資金はどれだけ貯まっているの?」 と聞かれた時、「8000元」 と正直に答えた。
しかし、2万元が必要だと分かり、若い恋人といろんな葛藤と別れと再会の挙句に、結局は宋思明に身体を売ることになってしまった。
海萍の「家」に対する執念が、周りを不幸に陥れた。

ところが、これは小説。
結末は意外な展開を見せる。
しかし、正直言って、これは小説としては面白味が欠ける。
現代上海の一風俗として、あるいは世俗の一断面として、その住宅問題のルポは面白いけれども、正しくルポされているのは前半のほんの一部。私が紹介した範囲。
したがって、共産党の当局が、このドラマの放映を中止させたほどの内容は ほとんどないと言っても過言ではない。

「日経新聞がヨイショしていたほどの価値がなく、買って読むほどのものではないですよ」 と言うのが私の寸評。



posted by uno at 08:41| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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