2011年04月25日

菅さんで、もう少し我慢すべきでしょうか ?


長い間、住宅業を 「生業 (なりわい) 」 としてきて、身についたことが2つあります。
1つは、政治的に不偏不党であること。
もう1つは、宗教に対してはどこまでも中立であること。

私が提唱してきたのは、耐震性と防火性が高く、省エネ性能が常にその時代のトップクラスの住宅。
その住宅に賛同して頂ける方なら、政治信条や信仰宗派は問いません。
民主党員であろうと、自民党ファンであろうと、赤旗の愛読者であろうと、誰もがお友達であり同志。
また、地鎮祭とか上棟式は、必ずしも神主さんによる祝詞やお祓いではなく、住職の導師による読経、唱題のこともあれば、牧師または神父による聖歌、お祈りの場合もありました。
地方では圧倒的に神式が多いと思いますが、東京や横浜などでは様々な様式を経験することが出来ます。
これは、非常に楽しみなことでした。

政治的な主義主張を持たず、信仰も持たないと言うことは、人間として核がなくなり、なんとなくだらしなくなってきます。
そのため、せめて経営面では一貫したポリシーを持たないと、自分を律してゆけません。
そこで、下村治氏に教わった 「常にイノベーションをやり続けること」 を、バカの1つ覚えで実行してきました。
つまり、いつまでたっても現状に満足しないこと。
「これで良い」 と考えると、人間は必ず守りに入り、保守的になります。
好奇心を失わず、次から次へと先を読み、手を打ってゆくというのは辛い時もありますが、経営者としては最大の醍醐味。
この味を覚えたら、病みつきになります。

イノベーションというのは、何も産業界だけに限ったものではありません。
政治の世界にも必要だと思います。
したがって、私は政治的にもどちらかというと革新派。
「自民党をぶっ潰す」 と叫んだ小泉氏の構造改革に、私も酔いました。
いろいろ批判はありますが、大量の不良資産を抱えて10年間余も停滞を続けていた日本経済。
その元凶の銀行に国家資金を投入し、これを立ち直らせ、日本経済を成長路線に向かわせ、国債の発行高を次第に減らしていった小泉・竹中構造改革は間違いなく革新であり、私は今でも素晴らしい行動力だったと評価しています。

しかし、小泉氏が潰したのは自民党ではなく、田中派だけ。
そして、森派を太らせました。
折から、中国をはじめとした新興諸国が安価な労働力を武器に量産化の面で力を付け始めてきて、今度はグローバル化という低賃金の荒波が日本を襲うようになりました。
今までの年功序列型の経費の高い日本経営が次第に立ち行かなくなり、大企業でも聖域のないリストラが始まりました。
高い人気を誇っていた小泉氏が、党則を変えで引き続き政権を担当しておれば、経済成長の成果をある程度実感出来たかもしれません。
しかし、党の任期にしたがって辞め、その後を継いだ安倍内閣は人心を掌握出来ず、福田、麻生と毎年変わるごとに景気も悪くなり閉塞感が高まり、リストラまでもが小泉・竹中構造改革のセイにする風潮が強くなってきました。
とくに麻生内閣は後退ばかり。
人々は自民党を見限り、民主党を選択しました。

しかし、鳩山・小沢民主党は、国民をマニフェストと言う名の甘言で釣っただけで、経済を成長させ、格差を是正してゆくという具体的な手法を何一つ持っていないことが、短期間に国民の目に明確に。
それだけではなく、国民は民主党を選んだのに、選ばなかった国民新党とか社民党の政策に民主党が引きずられるようになりました。
追われるように退陣した鳩山氏に変わって登壇した菅さんは、財務省のイエスマンに過ぎず、完全な経済音痴であることが判明しました。
そして、国民は菅民主党に対しても 「ノー」 と判定しました。
自民党に対しても 「ノー」 ですが、民主党に対してはより明確な 「ノー」。
この基調は、昨日の選挙結果を見ても明らか。

日本はこの数年間、毎年のように首相を変えてきました。
安倍、福田、麻生、鳩山、菅と。
したがって、津波と原発という非常事態の真最中に、菅さんを変えてはいけない。
最低限、復興計画が立案されるまでは、我慢をして菅さんを守ろうではないか。
ということで、菅さんに対しては一言意見を言いたいのだが、じっと我慢をしているというのが実態ではないでしょうか。
それなのに、具体的な対策も用意せずに小沢氏が率先して菅さん批判を始めている。
これには、国民は完全に鼻白んできている。
「貴方に、菅さんを非難する資格がありますか・・・」と。

それに今、菅さんを変えても変わりに選べるコマがない。
今さら小沢や鳩山がシャシャリ出てくるようだったら、まだ菅さんの方がよい。
国民的な人気が一番高かった前原氏は外国人からの僅少な政治献金で謹慎中。
とすると、民主党の首相候補として挙げられるのは岡田幹事長と仙石氏ぐらいしかいない。
海江田氏は、経産大臣として大きな責任を果たすチャンスだったのに指導力のなさを見せつけました。危なっかしくて見ておれない。
まさか、枝野氏や蓮舫さんを担ぎ出すわけにはゆかない。
そうかと言って、増税論者の自民党の谷垣総裁に託する気にはならない。
「一体、この先日本はどうなるのだろう」
ほとんどの国民が、暗澹たる気持ちをもって、じっと見守っているのが現実。

私もその一人。
地震対策なら、具体的に発言出来ます。
しかし、津波と原発に関しては、全くの門外漢。
私などの発言は、風評被害以外の何物でもないと自重してきました。
ところが、震災復興構想会議のメンバーと2回目の会議の報告書を読んで、腹の底から菅さんに失望を覚えてきています。
いや、絶望と言うべきかもしれません。

まずメンバー構成です。
宮城、福島、岩手の知事が入っているのは賛成。
しかし、マクロの経済が分かる人が一人もいない。
それと、民間の資金を東北エリアへ動員させることが肝心なのに、実務的な経営が分かる人が一人も選ばれていません。
議長の五百旗頭真(いおきび・まこと) 氏は政治学者。 議長代理の御厨貴氏も政治史が専門。同じ議長代理の安藤忠雄氏は、私は建築家として全然評価していません。
もっと素晴らしい建築を創造している人は一杯いますし、都市計画では安藤氏はプロではありません。
残りの専門家10人の経歴を当たってみましたが、日本の再建を任せるに足りると考えられる方が少ない。
役人は一人もはいっていない。
つまり、こんなメンバーしか選べなかったという菅さんに対しての失望感が、日に日に高まってきています。

それなら、どんな人がメンバーに加わっていた方が良いと思うのか ?  
と問われれば、私は信用している以下の名前を上げます。
この中の1人でも2人でも加わっていたら、この震災復興会議が、日本をデフレから脱却する真の復興会議になると期待出来るからです。

堺屋 太一
小宮山 宏
大前 研一
高橋 洋一
寺島 実郎
丹羽宇一郎
坂根 正弘
渡邊 美樹
江上  剛
日下 公人
竹中 平蔵
猪瀬 直樹
財部 誠一

ともかく日本の未来を、財務省のスポークスマンである菅さんに任せていることは最悪の選択。
第一次補正予算が通った時点で交代していただきたいと願うようになりました。

私は、悪質な風評被害をまき散らしているのかも知れません



posted by uno at 12:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月30日

死者不明は神戸の4倍以上  津波に対する学習不足


今年は 天変地異。
3月は今までになく寒かった。
東日本大震災と福島原発のニュースに押されていた桜前線の便りが、やっと届いた。
私の住んでいる街は、昨日あたりから春めいて、シュモクレンやシロモクレンの花が満開。

P1040365.JPG

P1040350.JPG


阪神淡路、中越と震度7の地震が続いたので、私ども住宅屋だけでなく、多くの日本人は耐震性に対して敏感になってきた。
神戸の被災者・三浦暁子著「大地震 主婦の体験」(講談社)の中にあった一節が、今でも心に焼き付いている。
「震災後しばらくたって東京へ越すことになり、環状8号線をタクシーで走っていた時、このビルは危ない、あのパン屋はダメだと、いつの間にか息子と耐震性能評価をし合っていた」。
私も神戸を視察して以来、建築美とかデザインではなく、この建物は震度7の地震に耐えられるかどうかを第一義に考えるようになった。
以来、そのクセが一向に治らない。
どんなに美味しそうなラーメン屋やレストランがあっても、耐震性の悪そうな店だと入る気がしない。
動物的本能というしかない。

そして訪れた中越地震の、烈震のなかでも最烈震地だった田麦山と武道窪。倒壊率90%のエリア。
そこで、倒壊を免れたスーパーウォールの内部に入って見て、品確法の最高値である耐震 等級3であっても、直下型の震度7に対処するには問題が大きいことがわかった。
等級4以上が絶対に必要。
その必要性を肌身で感じている人は少ない。
なぜかと言うと、ほとんどの学者や建築家が見て回ったのは倒壊した家だけ。
震度7で、しかも2500ガルの烈震でも倒れなかった家の中を、専門家は見ていない。
このため倒れなかった等級3の住宅がどのような被害を受けていたか。
どこに問題があり、どこを補強しなければならないか。
等級4、あるいは等級5のポイントは何かについて、学者も建築家も何一つ発言していない。

ご案内のように、耐震の等級1というのは、基準法に書かれている数値を守ること。
等級2は、基準法の1.25倍で、等級3は1.5倍の性能。
これだけ。
何故、等級4とか等級5がないかの理由が分からなかった。
その理由を教えてくれたのがセイホクの神谷文夫技師長。
「鉄筋コンクリート造とか鉄骨造では、等級3以上の耐震性能が出せないから !! 」
正確に言うならば、小型物件だと出せても、大型物件ではムリということ。
このため、神戸では高速道路がゴロリと横倒しなり、ビルは途中階や1階が潰れたものが多かった。
東日本地震では、震度は6強にすぎなかったのに東北新幹線の鉄筋コンクリートの柱など、運輸関係の被害は想像以上。
仙台市内ではマンションの損傷も大きいと河北新報が伝えている。
また、市内の有名建築物もかなり被害を受けているらしい。
鉄骨造の工場や倉庫、店舗などは広範囲にやられている。
もっとも工場では、建屋よりも機械設備の被害の方が大きい。
つまり、鉄筋コンクリート造や鉄骨造は等級3であっても、安心出来ない。
建築価格を値切って、耐震等級が2ないしは1で済ませていた例もあったのだろう・・・。
しかし、木造住宅だと等級4とか等級5は、それほどカネをかけなくてもいくらでも出せる。
直下型の震度7でも、カスリ傷程度で抑えることが可能。
その方法は、今まで何度となく書いてきたので省略。


今回は、津波について考えてみたい。
地震の研究機関と専門家は多い。そして、地震に関する著書は年に2、3冊は出ている。
これに対して、「津波工学研究室」を持っていたのは東北大だけ。
首藤伸夫名誉教授が活躍していた時に「災害制御研究センター」内に「研究室」があった。
だが、現在は「研究分野」という形でしかない。
東大をはじめとした各大学では、津波は地震や防災の一環としてのみ位置付けられている。
気象庁には地震津波課がある。
ITSU(太平洋津波警報組織)という25ヶ国からなる国際組織で、日本は中核的な役割を果たしている。
しかし津波学界が存在せず、目ぼしい研究組織は1、2しか見当たらない。
つまり、スター的な論者がおらず、これという代表的な著作もないので、日本の大都市のほとんどが海岸寄りに立地していながら、一般人の津波知識はあまりにも乏しい。

もちろん、私も立派な門外漢。津波を語る資格などない。
ただ、今から18年前の奥尻島の大津波について、防災システム研と総合研究機構の記録を読んでいたので、初歩的な知識は多少あったはず。ところが、いつの間にか意識の中から奥尻島が抜け落ち、シアトル地震の6メートルの津波の方に関心を取られていた。
今回、資料を読み返してみて、津波の基本的なことが奥尻島津波に集約されていることに気付いた。
奥尻島で震度6程度(地震計が設置されていないので、正確な震度が分からない)の地震が起きたのは1993年の7月12日の夜10時17分。
地震の震源地は奥尻島の北北東80キロ程度で、深度34キロ。マグニチュードは7.8。

この地震に伴う津波の高さは、サツマイモ型の島の震源地に近い北部で8.5メートル、西側では沢沿いに最高海抜30メートル地点まで津波が到達したという。
そして最南端の青苗では最高が6.7メートルで、1時間に2メートルの津波が13回も襲ってきて、504戸のうちの384戸が波にさらわれている。
震源地が近かったので、地震が発生してから2分から5分という短い時間に津波が襲った。
このため、全島では230人が死亡や行方不明に。そして、数百戸の住宅が流失、または焼失した。
島の朝は早い。
したがって夜の10時17分だと、ほとんどが火を消して寝ていたはず。
7月中旬だから暖房をしているはずがない。それなのに奥尻町をはじめ多くの町が津波と同時に火事にやられてしまった。その火事の原因は謎とされていた。

今度の気仙沼などの火事は、津波が運んできたという証拠が、カメラにしっかりと捉えられている。
最初の津波で家が倒れ、家庭や自動車から流れ出した油が海表面に浮き、木材の破片に滲みる。そして自動車の電気系統ないしは接触による火花によって、油と木材が燃えだす。
その波に浮いた火種の塊が、2回目、3回目の津波で運ばれ、半壊とか倒壊していない家屋に接近、浸入して燃え移る。
単なる火事だと、大量の水が押し寄せるのだから消火してくれるはず。
ところが、奥尻町などが焼け野原になった原因は、流失したガソリンや灯油なによる気仙沼現象だったと今になって判明。

次に明らかになったのは、押し寄せる波よりも、引き潮の怖さ。
最南端の青苗の主婦の話によると、大きな地震があったので寝ぼけ眼を起こされ、家具が倒れないように抑えていた。
真夜中で、電気が消えたので何がどうなっているのかが、さっぱり分からなかった。
そして、気が付いたら、胸のあたりまで水が浸水してきていた。
怖かったのはその水が引く時。
ゴーッという大きな音とともに玄関の戸を破り、家具などを一気に持ち去った。
主婦は柱と家具に挟まれて怪我はしたが、引き潮にさらわれることは免れた。
奥尻島の防波堤のほとんどが、海側に倒れていたという。
つまり、引き潮になぎ倒されたということ。
今回の東日本大震災でも、3階建の鉄筋コンクリート造の一群が、いずれも海側へ倒れている。
引き潮の大きさは、その後に大きな津波がまだまだ押し寄せることを物語ってもいる。

世界地図を見ると陸の標高は200メートル、500メートル、1000メートル、1500メートル、3000メートル以下と以上の6段階に色分けされている。
これに対して、海は200メートル、1000メートル、3000メートル、6000メートル以下と以上の5段階に色分けされている。
大まかに言って、東日本の太平洋側は20〜30キロ沖までが水深200メートル。
60〜80キロまでが水深1000〜3000メートル。
100〜150キロまでが水深3000〜6000メートル。
それ以上が水深6000メートル以上の日本海溝。

津波で問題になるのは、震源地が水深何メートルの地点で起こったか。
200メートル以内だと水の層が薄いので、たいした津波にはならない。
やはり大きな津波は、水深3000〜6000メートルの地点で、大きなマグニチュードによって発生するようだ。
奥尻島の震源は、この水深3000〜6000メートル地点で起こっている。
マグニチュードは7.8と関東大震災よりは若干小さかったが、80キロ程度しか離れていなかったので、あっという間に津波が到達し、大きな被害を出した。
今回の東日本大震災の最初の震源は三陸沖130キロ。水深3000〜6000メートル地点。しかも最初の発表は関東大震災と同じマグニチュード7.9.
日本人が、このマグニチュードの大きさと震源地の水深の深さを学習しておれば、少なくとも6メートル以上の最初の津波が、10分以内に襲ってくると判断出来たはず。

私は津波の高さを建築的に考えている。
3、6、9、12メートル。
3メートルは1階の天井高。6メートルは2階階高。9メートルは3階、12メートルは4階。それ以上は実質的に想像したことがない。
最初のテレビニュースで、マグニチュード7.9と聞いた時、即座に関東大震災と同じエネルギーだと気付いた。
しかし、震源地の水深についての知識がなかったので、3メートル程度の津波が襲ってくると考えた。
つまり、1階が水没する大きな津波。
それなのに、NHKアナウンサーの切迫感が感じられない語り口。
正直いって、あれほどイライラさせられたことはない。
「命が大切です。着の身着のまま逃げて下さい」 と何故叫ばないのか !!

そして、三陸沖に続いて、仙台沖、茨城沖でも連続的に地層が崩れていて、途中でマグニチュードが8.8に変更されてびっくり。慌てて何人かのビルダーへメールを送った。
これだと2階までが水没する6メートル以上の津波になる、と素人は考えた。
そして、翌日マグニチュードが9.0に変更された。
これだと9メートル以上は間違いない。

気象庁を責めることは出来ないだろうが、最初からマグニチュード9.0という発表がなされていたとする。
そして、アナウンサーもきちんと学習していて、「超巨大地震です。9メートル以上、所によっては15メートル以上にも達する津波が押し寄せます。しかも、2波、3波、4波と押し寄せます。津波がもたらす火災発生の危険もあります。出来るだけ早く高台へ逃げて下さい」 と叫んだであろう。
そしたら人災は、半分以下で済んだかもしれない。
これは素人の、的外れな考えにすぎないが・・・。

そして、奥尻島からはもっともっと学ぶべきだった。
小さな島の例外的な事件として、一通りの知識は吸収したが、生きた事例として何一つ学習していなかった。
私の仕事は耐震で、津波対策は他人事と考えていた。
その愚を、お互いに東日本大災害を通じて、根本的に悟ろうではありませんか。



posted by uno at 07:01| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月01日

あけましておめでとうございます


ネットで富士山の「無料写真コーナー」を開いて見ました。
そしたら、素晴らしい写真がびっしり。
その中で、この時期にふさわしく、大変に気に入った6点だけを選んでみました。
このほかに素晴らしい写真が7点以上もありました。だが、ストレートに写真を表示出来るシステムではないので、残念ながら省かせていただきました。無料で、喜びを分かち合うというポリシーが分かっていないからです。

これらの写真をつくづく眺めていると、富士山というのは実に多彩で、豊かな表情を持っていますね。
また、撮影者それぞれのピン・ポイントでの激写が素晴らしい。
おかげで、新年らしいすがすがしい気分に浸ることが出来ました。
大変に良い気分の良い門出。
温暖化大歓迎と叫んでいる人以外の、全ての方々の今年のご多幸をお祈りいたします。


8osinojyuhyou1600[1].jpg
富士山とヤマゼミ

sp01[1].jpg
NHK静岡放送16年富士写真コンテスト特選・筒井章「紅に染めて」

wi01[1].jpg
NHK静岡放送22年富士写真コンクール特選・田中洋子「一瞬の輝き」

12m_danbayashi2[1].jpg
12m_donbayashi

sp01[2].jpg
NHK静岡放送19年富士写真コンテスト特選・奈木正次「夕雲躍動」

l3[1].jpg
第12回御殿場富士写真コンテスト・土屋俊光「乱雲」


posted by uno at 00:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。